真っ直ぐと射抜く揺ぎ無き眼差し。







紡がれる言葉は確固たる思いを宿し、







向けられる刃は冷たい光を放つ。







その姿はただ一つの意志を貫いていた――――――。
















沈滞の消光を呼び覚ませ拾壱〜
















しん・・・・と全ての音が掻き消え、重い沈黙がその場に流れる。

その場にいる者全員の視線が、たった今現れた子どもへと集った。
子ども――煌(こう)はそんな周りの視線など一切歯牙にかけずに、目の前の人物・・・晴明へと一心に視線を注いでいる。


「昌浩・・・・思いだした、のか・・・?」


掠れた声で、晴明は目の前に立ち阻む己の孫へと問い掛けの言葉を発する。
記憶を失くしているはずの昌浩。その昌浩が己のことを祖父と称した。
そのことから導き出される答えは、自ずと限られてくる。

驚きに目を見開く晴明に、しかし煌はくっと喉の奥で哂いを零したにすぎなかった。


「思い出した?・・・・・あぁ、思い出したさ。けど、だから何?」

「だから・・・何、って・・・・・・」


その場にいた九尾を除いた全員が絶句する。
変わらない。
変わらなさすぎる・・・・・・・・・・記憶を取り戻したというのに!

何故?という疑問の視線を浴びせられる中、煌は嘲笑をその口に乗せた。


「はっ!一体何を期待していたんだか・・・・・。記憶が有ろうと無かろうと俺は俺だ。貴方が祖父であろうと、この場にいる神将達と面識があろうと・・・・・・九尾に付いていく。その意志が変わることはない。俺にとっての最たるものは九尾だ!九尾しかいない!!」


凍てついた琥珀の瞳は尚一層鋭く輝き、その意志の固さを知らしめる。
彼の大妖を背に、己達へと向けられる刃に一点の曇りも無く冷ややかな光を放っている。
煌はその全てをもって己の意志を明確に告げていた。

煌のその姿に、皆がはっと息を呑んだ。
今、目の前にいる子どもに三年前までの子どもの姿は重ならない。
これが煌―――。
晴明達が求める昌浩ではなく、三年という月日の流れによって作られた『煌』という人格。
その確固たる存在に、今に至って漸く晴明達は気づいた。


今目の前にいるのは“昌浩”ではなくて“煌”。


当たり前すぎて今まで気づけなかったこと。そしてたった今気づいたこと――――。


「お主の中にわしらはおらぬのだな?・・・・・『煌』」

「違う。・・・・・・・・俺の中には九尾しかいないんだ。―――だから、そのたった一つを脅かすものはこの手で排除する!!


煌はそう言い切ると同時に、晴明が持っている剣を力押しで弾いた。
それを合図に凍りついていた時が再び流れ始める。

晴明は剣を弾かれた勢いをそのままに、後ろへと下がって煌と間合いを取る。
それとほぼ同時に、九尾が長大な八つの尾を薙いで己が身に纏わりつく神将・大将達を振り払った。
無論、神将・大将達も九尾から距離をとることとなる。
この一連の動作によって、晴明達と瑠璃達、九尾と煌という構図に完全に線引きされた。

一旦晴明達と距離を置いたこの状況になり、漸く九尾が口を開いた。


「煌よ・・・・・・」

「ごめん、久嶺(くりょう)。まだ、一人も殺せてない・・・・・あぁ、でも一人なら結構な深手を負わせることができたけど・・・・・・・・」


結構な深手という部分で晴明達が息を呑んだが、それに気にすることなく二人は会話を続けた。


「記憶を取り戻したのであったな・・・・・・それでも尚、お前は我についてくると言うのか?」

「っ!・・・・・さっきも言ったけど、俺には久嶺しかいない・・・・・久嶺だけ、いればいい!だから――っ!!」


嫌いにならないで、その身から遠ざけないでと九尾を見上げる琥珀の瞳が必死に告げてくる。
記憶が戻ったことを知られた怯えからか、無意識に硬く握られた拳が小刻みに震えている。
その瞳と視線を真っ向から合わせている九尾は、ふっと微かに目元を和らげた。


「煌、我は以前にも言うたであろう?例え記憶が戻ろうとお前を嫌ったりなどしないと・・・・・・・後悔はせぬか?」


九尾の言葉を聞いて、煌の拳の振るえが止まった。


「俺は、しない・・・・・。久嶺、命令を頂戴。久嶺の言葉さえあれば俺は何でもやるよ、やってみせる」

「―――わかった。ならば煌、我と共に奴らを屠れ。己が手で、過去の柵を断ってみせよ」

「仰せのままに・・・・・・」


煌は深く一礼すると、次の瞬間には不知火の妖剣を携えて晴明に肉迫していた。


「っ!?こ、う――っ!!!」

「・・・・・・我が主の命により、貴様の命を刈り取らせてもらう!!」


煌はそう告げるやいなや、不知火を振りかぶった。そして、その勢いのまま振り下ろす。

ぎいぃいん!!

硬質な音が響き渡る。
煌の剣を受け止めたのは晴明の持っている綾絶の剣ではなく、大きな鎌であった。
それに合わせて、煌の視界は鮮やかな蒼で埋め尽くされた。


「青龍・・・・・」

「子ども風情が調子に乗るな!晴明には指一本たりとも触れさせん!!」

「やってみなよ――人を殺せぬ憐れな神将」

「っ!ほざけっ!!!」


青龍は言葉を吐き捨てると同時に、交わっている武器を持つ手に力を入れて押し切る。
煌は押される力に抗わずにそのまま力を利用して後ろへ飛び退く。が、煌が地に足をつけると同時に強烈な風がその身を襲った。


「っ?!」

「悪いな、傷つけられずとも身動きくらいは封じられる」

「そういうことだ!」


白虎が風を操り煌の視界と身動きを僅かの間奪い、その一瞬の間に朱雀がその背後へと回り込んで煌を捕らえようとする。


「くっ!!」


己の背後に気配を感じた煌は、咄嗟に前方に身を投げ出す。その行動により、朱雀の手は敢え無く空を掴んだ。
前方に倒れ込んだ煌は、そのまま前転をして体勢を整えると一拍の間も置かずに横へ跳んだ。
半瞬遅れて青龍の持つ鎌の柄の部分が空気を切り裂きながら通過していく。


「ちっ!次から次へと・・・・・・・」

「それほどお前を取り返したいということだ」

「!」


神将達の攻撃を紙一重で避けた煌は、すぐ背後から聞こえてきた声に反応して振り返り様に剣を振り抜いた。

きぃいいん!

刃と刃が合わさる。
不知火を綾絶で受け止めた晴明は、ひたりと煌と視線を合わせた。


「取り返したいんだ・・・・・・」


瞳に一抹の寂しさを乗せながら、晴明はぽつりと言葉を零した。
晴明の言葉を聞いた煌はぴくりと目元を震わせたが、その瞳に宿す意志の光は弱めなかった。


「それこそ、俺には関係ない!!」


鋼が擦れ合う音と共に、交わっていた二つの剣は離れた。













一方、九尾の方はというと、こちらは夜叉大将達と対峙していた。


「はぁっ!!」


宮毘羅(くびら)の鋭い呼気と共に放たれた銀閃を、九尾は後ろへと跳んでかわす。


「はあああ!!」


間を空けずに背後へと詰めていた因達羅(いんだら)が己が得物の鉾を振るう。
九尾はそれを長大な尾を振るって打ち払う。
武器どころか自身さえも巻き込んで打ち払いかねない尾の動きを読み取った因達羅は、力の慣性の方向を無理矢理捻じ曲げて咄嗟に深く地に沈み込む。
次の瞬間には威力・速度共に半端無い凶悪な尾が頭上を通り過ぎていく。その際、逃げ遅れた赤茶色の髪の毛が数本、鋭い風圧に切られて宙に舞った。
追って更にもう一本の尾が因達羅へと襲い掛かるが、額爾羅(あにら)によって放たれた無数の矢がその軌道を逸らす。
その間に因達羅は尾の攻撃範囲内から抜け出す。


「まったく、ちょこまかと・・・・・・・さっさとやられてしまえば良いものを」

「それはこっちの台詞だっ!!」

「逃がさん・・・」


因達羅を軽く一瞥している九尾の左右両方の横合いから、招杜羅(しょうとら)・伐折羅(ばさら)の二人が距離を詰める。
招杜羅は太刀、伐折羅は剣と、己の得物を同時に振り抜く。
九尾はその二つの刃を、一方は爪で、もう一方は牙で防ぎきる。

が、迫りくる三つ目の刃までは防ぐことができなかった。
ずぶりっ!と白刃が九尾の体に突き立てられる。


「ぐぅっ!・・・・・・・おのれ、宮毘羅ぁ!!」

「油断したな、九尾・・・・我々の連係をなめないでもらおうか」


九尾の体に刃を突き立てている人物――宮毘羅は、怒りに金眼をぎらつかせる九尾を見て哂った。
彼の得物である太刀は現在進行形で九尾の体内へと埋め立てられていく。
そんな宮毘羅の様子を見て、九尾も嗤った。


「はっ!どうやらそのようだな・・・・」

「ぐっ!?」


九尾の八つの尾の内の一つが、宮毘羅の胴を容赦なく薙ぎ払った。
宮毘羅も咄嗟のことで避けることができず、もろに吹き飛んだ。
それに合わせて九尾の体に突き立てられていた太刀もずしゅりと抜けていく。

己の体を赤く染め上げる血など大して気にも留めずに、九尾は地へと倒れこんだ宮毘羅を睥睨した。


「そういう貴様もあまり気を抜かぬ方が良いぞ?あっという間にその命、掻き消えてしまうであろうからな」

「ごほっ!・・・・ふっ、肝に銘じておこう・・・・・」


打撃を食らった脇腹へと手を当てて咳き込みながら立ち上がった宮毘羅は、血に濡れた太刀を構え直した。







そして一拍の間を置いて、夜叉大将達と九尾の間で再び攻防が開始した―――――。











                        

※言い訳
どうも、お久しぶりです!前回の更新から約半年以上・・・・過去例に見ないほど長期間連載が止まってしまいました;;一体何やってるんだって感じですよね・・・・・。
しかも、今回は戦闘がメインでお話の展開としてはあんまり進んでないような・・・・。次回からは場面が大きく動きますので、今回はご容赦ください;;
何か久々すぎるので、色々と設定を忘れている気がします。というか絶対に忘れてる・・・・。今までのお話の流れと齟齬が出たらどうしよう!?と戦々恐々としながらお話を仕上げました。

今回、漸くじい様達が『煌』の存在を認めました。今までは「記憶を失った昌浩」として見ていたものが、「知らない三年を生きてきた煌」という別個の認識を持つようになりました。(随分と遅いぞ、じい様達!!)
この“昌浩”と“煌”の違いに早くから気づいていたのは紅蓮くらいです。ここらん、紅蓮がやや贔屓目な設定です。(笑)
次回は全員大集合の予定。いよいよ大詰めです。この波に乗って連続で更新できればなと思います。


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2008/12/23