守りたい。









傷ついて欲しくない。









傷つけて欲しくもない。









それは互いに深い傷になるだけだから。









伸ばす手はあまりにも儚く、頼りない――――――。















沈滞の消光を呼び覚ませ拾弐〜














きぃん!


高く澄んだ音と共に、二つの刃が交わり合う。
交差する刃ごしに、漆黒の瞳と琥珀の瞳がかち合う。


「いい加減、俺を連れ戻そうという馬鹿な考えは止めたらどう?」

「いやいや。連れ去られた孫が目の前にいるというのに、どうして諦めることができようか」


ぎゃりっ!

刃が擦れ合う音に合わせ、交わっていた刃が離れる。
それと共に刃の持ち主達は互いに後ろへと飛び退く。
二人の間には一間(いっけん)ほどの空間が空く。

視線をぴたりと合わせて逸らすことをしない両者は、互いに油断なく構えつつ言葉を交わす。


「・・・・俺は貴方達が三年間追ってきた昌浩じゃない。それはさっきの言動から見るに、わかってもらえたんじゃないかとは思ったんだけど?」

「そうだな。私達は確かに認めた、お前が“昌浩”ではなく“煌(こう)”であること・・・・・」

「なら――」

「だが、煌であることを認めることと、お前を連れ帰らないことはまた別の話だ」

「っ!何故だ!?」


ぎ、いぃん!

僅かな感情の揺らぎを感じながら、煌は晴明へと一気に詰め寄り刃を振り下ろす。
晴明はそれを己の持つ刃で受け止めると、その場に踏み止まる。
ぎりっ・・・と、刃に込められた力が拮抗し、軋めいた音を奏でる。

と、ふいに風が強く吹き荒れる。
刃を持つ手に込める力を緩めないまま、煌はぎっと虚空に鋭い視線を投げつけた。
視線の先には亜麻色の髪をした体躯の大きい神将と、栗色の髪をした幼い風貌の神将たいた。
己の動きを封じ込めようとする風は視線の先の二人の神将であることがわかっているため、煌は苛立ちを露にして吼えた。


「邪魔を、するな!其は飛来する翡翠(かわせみ)の如く――――飛突落刺嘴の舞!」


煌が持っている剣――不知火の妖剣が瞬間輝きを増す。
それに伴って白虎と太陰に無数の針の雨が降り注ぐ。
二人の神将は針の雨の存在にすぐさま気がつき、素早く避ける。
しかし、それに合わせて煌の動きを封じようとしていた風が霧散してしまう。

その瞬間を逃すことなく、煌は合わせた刃を上方へと弾き上げると、晴明へと素早く斬りかかった。
晴明は間髪入れずにその場を飛び退いた。
先ほどよりも更に距離を置こうとする晴明に、煌は容赦なく追撃する。
しかし、間に滑り込んできた朱色――朱雀に阻まれたたらを踏む。
その間に晴明はある程度の距離をとることに成功する。


「晴明(様)!」


と、そこへ今まで戦闘へと入り込めなかった玄武と天一が晴明の許へと駆け寄る。
晴明へと駆け寄った二人は、ある一点へと視線を集中させるとざっと顔を青褪めさせた。


「晴明様!お怪我を――」


神将二人の視線は晴明の腕――煌の剣によって切り裂かれ、血の滲んでいるそこへと注がれる。
顔を強張らせている神将達に内心で苦笑を零しながらも、安心させようと努めて緩やかな笑みを浮かべて晴明は言葉を発した。


「大丈夫だ。なに、大した怪我ではないさ・・・・・だから安心しなさい」

「でも!・・・いえ、それよりも移し身を――」

「だから大丈夫だといっているだろう?天一。薄皮一枚切れた程度の浅い傷だ。一々移し身させるほどの怪我ではない」

「ですが・・・・・・・」


大丈夫であると何度も言っているというのに、尚も言い募ってこようとする天一に小さく溜息を零す。
ふと、もう一人いる神将へと向けると、こちらは依然として硬くしている身を解すことなく只管に晴明へと視線を向けている。


「玄武・・・・」

「すまぬ、晴明。我らが至らないばかりに、怪我を・・・・・・」


どこか思いつめた様子の黒曜の瞳を見て、晴明は今度こそ隠すことなく溜息を吐いた。
徐に手を持ち上げると、漆黒の頭にのせ、くしゃりとやや乱暴な手つきで頭を撫でた。
晴明が撫でている手をゆっくり離すと、玄武は心持ち乱れた頭髪を気にしながらも半眼になって己の主を仰ぎ見る。


「晴明・・・・・・・」

「お前達はなぁ・・・・どうにも真面目過ぎていかんな。私が大丈夫だと言っているんだ、必要以上に己を責めるのは止めなさい」

「「・・・・・・・」」


それでも尚物言いたげに視線を寄越してくる神将達から視線を外し、晴明は煌達へとその眼を向ける。
と、丁度妖力の爆発で朱雀を遠くへと押しやり、晴明へと向かってくる煌の姿があった。
そのことに気がついた玄武と天一は、すかさず晴明の前に立ち、障壁を展開する。


「どけぇえぇぇぇっ!!」


煌は声を振り絞って叫ぶと、不知火の妖剣を振り抜く。
振り抜かれた剣は、その臙脂色の軌跡を半ばほどで途切れさせた。
玄武達が張った結界が、その刃の軌道を途中で食い止めたからだ。

ばちばちっ!

力と力の拮抗によって生み出された火花が爆ぜ飛ぶ。


「くっ・・・・・」


結界を張った玄武と天一は、その結界が破られないよう唇を噛み締めて耐えた。
主をこれ以上傷つけられる訳にはいかないという思いが、玄武達の集中力を極限にまで高めていく。
一時の気の緩みも許されない拮抗が続く。


「ちっ!」


一思いに破壊することのできない結界に、煌は隠すことなく舌打ちをした。
そして、次の瞬間くわり!と目を見開くと、己の剣へとありったけの力を流し込んだ。


「はあぁぁぁぁっ!!」


裂帛の気合を込めた叫びと共に、熱量が最高潮に達した不知火の妖剣が今一度障壁へと一閃された。


ぢぢぢぢぢぢっ!


剣と結界の衝突と共に、耳障りな音が空気を振るわせる。
そして次の瞬間―――



ぱりぃいぃぃん!



玻璃が割れるような音と共に、結界が破砕された。


「邪魔だっ!」

「「っ!!」」


結界が破られた瞬間、煌は更に踏み込んで目の前に立ちはだかる神将達を薙ぎ払った。
薙ぎ払われる際、荒れ狂った煌の妖気の刃によって二人は全身に無数の裂傷を負う。

そのまま地へと倒れ込む神将達を無視して、煌は更に一歩踏み込んだ。
剣を水平に構え、その剣先を違わず心臓に定める。
更にもう一歩踏み込み、剣を突き出そうとした正にその瞬間―――




「冗談にしては質が悪いな」




漆黒が割り込んだ。
そして不知火を弾き、その剣先を外へと大幅に逸らせた。


「なっ!?」

「身内を手に掛けるなど、互いの傷にしかならないだろう?」


悪い子にはお仕置きだな。

次の瞬間、驚きによって固まっていた煌の横面を、容赦なく平手が横薙いだ。


ぱしぃん!


場に不似合いな乾いた音が響き渡った。
頬を張り飛ばされた煌はその勢いのまま体を傾がせるが、倒れ込まないよう何とか踏み止まった。
そして無意識の内に張られた頬へと手を当て、煌は思わず唖然とした表情で目の前に立ちはだかる人物を見遣った。


「なっ・・・なっ・・・・」

「ん?何か物言いたげだな。しかし今のは明らかにお前に非があったぞ。己が祖父を殺そうなど、愚の骨頂だな」


煌を張り飛ばした人物――十二神将・勾陳は、胸の前で腕組みをすると口元に淡く笑みを浮かべながら琥珀の瞳を真っ直ぐに見据えた。
一方、煌はというと・・・未だに衝撃が抜け切らぬのか無意味に唇を震わせて固まっている。
ちなみに、晴明や他の神将達もこの勾陳の奇行に煌と同様唖然としていた。


「こ、勾陳・・・・?」


普段見慣れぬ同胞の行動に、ぱちぱちと忙しなく瞬きを繰り返していた太陰は戸惑いながら同胞の名を呼ぶ。
太陰に名を呼ばれた勾陳はちらりとそちらへ視線を向けるものの、直ぐに目の前の子どもに視線を戻した。

改めて勾陳に視線を向けられた煌は、そこで漸く我に返った。
慌てて勾陳との距離を空けると、ぎっ!と睨みつけた。


「なっ、何するんだよ?!」

「何、と言われても・・・・教育的指導だ」

「は?」

「普段であれば騰蛇にだけ適応されるのだがな・・・・今回は例外だ」

「例外って・・・・・」


色んな意味で絶句する周囲を置き去りにして、勾陳は改めて背後を振り返った。
彼女が振り返った先には彼女と共に駆けつけた神将達と夜叉大将達、そして彰子が佇んでいた。


「ということで、どうやら間に合ったようだぞ。良かったな騰蛇」

「勾・・・・・・」


たった今目の前で繰り広げられた衝撃的な光景に、心中はかなり複雑な紅蓮。
隣にいる迷企羅(めきら)が「お〜怖っ!」と小声の呟きを聞きつつ、紅蓮はなんとも微妙な表情で勾陳を見、次いで煌へと視線を向けた。

案の定と言うべきか、こちらへと向けられている琥珀の瞳と視線が交わった。
視線が交わるのと同時に、煌の顔が僅かに歪められた。


「まだ生きてたんだ?随分としぶといんだね、十二神将・騰蛇・・・・」

「昌浩・・・・」

「っ!・・・・・まったく、忌々しい奴だね。さっさとくたばればいいのに・・・・」


煌は盛大に苦虫を噛み潰したような表情をすると、その場から大きく飛び退いた。
と、次の瞬間煌がつい先ほどまでいた空間を、漆黒の大鎌が通り過ぎていく。


「ちっ!」


大鎌の持ち主――青龍が苛立ちを隠さずに舌打ちをした。
隙を突いたつもりであったのだが、どうやら直前に気配を悟られたようだ。子どもの分際で忌々しい。


晴明達と大きく距離を取った煌は、更に大きく後方へと下がった。
すると、夜叉大将達とやり合っていた九尾も同様に大きく距離を取って煌の隣へと着地した。


「どやら全員揃っちゃったみたいだね・・・」

「ふん。何人になろうとも、全員屠るまでだ」


煌と九尾は互いに笑い合うと、改めて視線を前へと向けた。
彼らの視線の先には、晴明達と、神将・夜叉大将達の姿があった。









さぁ、決着をつけようか――――――――。













                        

※言い訳
どうも、お久しぶりです!前回、数日中に更新するとか言っておいて1ヶ月も間を空けてしまった阿呆です。
本当は23日にUPする予定だったのですが、パソがフリーズしてしまい、もう一度書き直している間に日付が変わってしまいました(泣)

今回は守り組(玄武・天一)に焦点を当ててみました。そういえば、この二人今回の戦いでほとんど出番ないよな〜と思い出したので書いてみたり。(ヲイ!)
今回はかなりお話が暴走しました。主に姐さんが・・・・。ギャグなんか入れるつもりなかったのに(泣)
グーとパー、どちらにしようか真剣に悩みました。(アホか)いや、ほんとこんな所で姉御節をきかせる予定がなかったので、書きたかったところまで到達しませんでした;;
お陰で中途半端にお話が切れた・・・・・。
今回、夜叉大将の皆さんも碌に出せなかったし、無念だ;;

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2009/1/24