わからない。







己を求めるひたむきな視線の理由(わけ)が。







既視感のあるそれ。







その眼差しの向こうには誰がいるのだろう―――――――。















沈滞の消光を呼び覚ませ拾漆〜











相対する神将達を鋭い視線で見据えながら、煌(こう)は大きく踏み込むと手にしていた不知火の妖剣に霊力を込める。
不可視の状態の刃に、煌の霊力が満ちる。


「其は餌(え)を狩る狼の如く――――妖狼咆振撃の舞」


鋭く放たれた斬撃は、紅蓮達へと真っ直ぐに向かっていく。
迎え撃つ紅蓮達はその不可視の斬撃を、空気を切る音などから位置を割り出して己の武器でそれぞれ打ち消した。
その隙に煌は更に間合いを大きく詰め、目の前にいた勾陳へと剣を振り下ろす。

ぎぃぃん!

煌の振り下ろした剣を勾陳は筆架叉で受け、横へと流す。
それにつられて横へと煌の体が流れることを確認する間もなく、流した方とは逆の手で攻撃を繰り出す。
それを視界の隅で捕らえた煌は素早くその身を沈める。直後、その頭上を筆架叉が走り抜ける。
体を沈めた煌はそのまま回し蹴りを勾陳へと放つが、勾陳は後ろへと飛び退くことでそれをかわす。
その隙に迷企羅(めきら)と安底羅(あんてら)が煌を挟み込む様な形で攻撃する。が、それに気づいた煌は飛び込むように前方に身を投げ出して攻撃を避ける。
そのまま一回前転をすると共に地面を強く蹴って正面にいる波夷羅(はいら)へと一気に間合いを詰める。剣を振りかぶる煌を見て波夷羅は回避行動をとるが間に合わない。応戦しようにも弓矢では剣を防ぐことは難しい。が、そこへ六合が素早く体を滑り込ませて銀槍で代わりに剣を受け止めた。
鍔迫り合いになる前に煌は瞬時に身を引くが、間髪入れずに横合いから迫り来る炎槍は反射的に受け止めるしかなかった。
と、そこで漸く流れるように行われていた戦闘が膠着する。


「煌・・・・・!」

「くっ・・・・あれだけ深手を負わせたのにまだ戦えるの?お前、大概にしぶとい奴だね」

「ふっ、お陰様で傷口を焼く羽目になったがな」

「・・・・・・・・」


紅蓮の言葉に、己が剣を着きたてた箇所に視線を向けると、確かに引き攣れた焼き痕が目に映った。
煌はひっそりと眉を顰め、どこか苦々しい様子で言葉を吐き出した。


「そこまでするなんて・・・・本当に馬鹿だね」

「あぁ、馬鹿で結構だ。それでお前を取り戻すことができるのなら」


煌の言葉を聞いて、紅蓮はいっそ清々しいまでの笑みを口元に浮かべて言い切った。
そんな笑みを間近で見て、煌は一瞬息を止める。
何故そんな風に笑って言い切ることができるのか、全くもってわからない。


「わからないな・・・・お前が取り戻したいのは昌浩であって煌(おれ)じゃないでしょ?」

「違うな。何度も言うが俺が取り戻したいのは『昌浩』だ。昌浩だけでも、煌だけでもない。全部ひっくるめての『昌浩』だ」

「なに・・・・それ。俺はお前の敵だよ?いくら三年より前の記憶を思い出してるとは言ったって、他人の記憶も同然に現実味なんてないし・・・・・」

「それは当然だろう。そこまで自我が確固としていれば、性格も大分違ってきている今となっては馴染みようもないだろう?」

「なら、なんで!」


本当にわからない。煌が思い出した記憶を受け入れる気がないということが分かっていて、それでも尚求める意味が・・・・・。
紅蓮との会話で困惑している煌は気づかない。今まで対峙していた他の神将・大将達が傍観に決め込んでいることに。


「なぁ、姐さん」

「なんだ?迷企羅」

「坊主のやつ、俺らなんか眼中に無いって感じなんやけど・・・・」

「感じではなく、あれは完全に眼中にないだろうな」


迷企羅の言葉に、勾陳は首肯する。
今の煌はつい先程まで戦闘を行っていた自分達のことなど意識の外だろう。
周囲への警戒を怠っている煌に迂闊と呆れるべきか、それほどまでに煌の意識を集中させることのできる騰蛇に感心すべきか悩ましいところである。


「まぁ、煌もそれだけ騰蛇のことは気になるってことでしょうけどね」

「そやろなぁ。何べんも必死に話しかけられれば、無視しようにもできへんやろ」

「話すこと、大事・・・・」

「努力の甲斐あって、ということだろう。我々があれと同じように話し掛けても、煌はあそこまで食い付きはしないだろうな」

「そうだな・・・・・」


別段、望んで戦い合いたいわけでもないので、勾陳達は煌のことを紅蓮に任せることにした。
それは役割を放棄したとかそういうわけではなくて、適材適所というやつである。
紅蓮の説得でことが済むようであればそれに越した事はない。
まぁ、思い直させてこちらへ来るよう説得することは容易ではないのだけれども。


「何故・・・・か。お前がお前であるから、としか言いようがないな」

「は?」

「三年前のお前だとか、今のお前だとか完全に別のものとして分ける必要がどこにある?ちょっとした性格の違いが何だって言うんだ」

「・・・・・・・・」


あまりにすっぱりと言い切る紅蓮に、煌は思わず閉口した。
そんな煌に構わず、紅蓮は更に言葉を重ねた。


「いくら性格が違うものになったとしても、その本質が大きく変わることはない。俺に臆することなく、平然と相対していられる人の子はお前くらいのものだ

「え・・・ちょ、ちょっと待ってよ!そんなことで・・・・」

「そんなことだろうが何だろうが、俺の理由はそれだ」


唖然とした表情で見つめてくる煌に、紅蓮は実に清々しい笑みを向けながら答えた――――――。









一方、晴明達の方はというと、こちらは苦戦を強いられていた。

人数の多さではこちらが圧倒的に有利だというのに、大きな傷を負わせることができない。
いや、負わせているのだが高い治癒力によってかすり傷にまで癒されてしまう。小さな傷であれば尚のことのであった。


「くそっ!きりがないな、これじゃあ・・・・」

「ちっ!」


長大な割りに鋭く振るわれる尾をかわしながら、攻撃の隙を窺っている朱雀は苦々しい表情で言葉を吐き出す。青龍も蒼炎をさけながら眉間に深い皺を刻みつつ、忌々しげに舌打ちをする。


「太陰!」

「わかってるわよっ!」


白虎が己が生み出した風で九尾の尾の動きを鈍らせた瞬間に、太陰は風の鉾を放つ。
尾の隙間を縫って九尾の体へ届くかと思われたそれは、鋭い爪の攻撃により引き裂かれてしまった。
太陰達の攻撃に一瞬だけ気が逸れた隙を狙い、因達羅(いんだら)は己が武器である鉾を九つある尾の一つへと振るった。


「はあぁぁあぁっ!」

「ぐあっ!おのれ夜叉大将―――っ!」


ざしゅっ!と因達羅の攻撃が尾の根元へと見事に決まった。
これには堪らず九尾が呻き声を上げるがそれも刹那のことで、すぐさま他の尾で因達羅を横殴りに打ち倒そうとする。


「因達羅!」


九尾の動きにいち早く気づいた宮毘羅(くびら)が、咄嗟に因達羅の体を引いて尾の攻撃範囲内から逃れる。


「あ、ありがとうございます。宮毘羅」

「いや、気にするな。・・・しかし、これだけ攻撃を加えても深手は負わせられないか・・・・・」

「そうですね。今私が付けたばかりの傷も、尾の動きに支障がない位には治ってしまったようですね・・・・・」


たった今自分が付けたはずの傷がみるみる癒えていくのを見て、思わず溜息をついてしまう。
いくら治癒能力が高いといえど、もう少し痛手を負ってくれても良いのではないかと言いたい。
苦りきった様子を見せる二人の傍を、無数の矢と斬撃が奔り抜けていく。


「ちょっと!そんなところで突っ立ってる暇があったら、攻撃の一つや二つでもしてよねっ!」

「あんた達ぼさっとしない!少しでもあいつに傷を負わせて体力を削らないといけないんだから」


攻撃の後に続いて摩虎羅(まこら)と額爾羅(あにら)の叱責が飛んできた。
よく周りを見渡せば、招杜羅(しょうとら)や珊底羅(さんてら)、伐折羅(ばさら)も九尾への攻撃の手を緩めることなく、こちらへと苦笑を向けているのが見えた。


「ふっ、どうやら息を吐いている暇もないようだな」

「えぇ、そうですね。とにかく、今は九尾の体力を削ることに専念しましょう」


二人は頷き合うと、再び九尾へと向かっていくのであった――――――。






「ふむ。やはり深手を負わせるのは難しいようだな」

「えぇ、朱雀達も頑張っているのはわかりますが・・・・」

「あちらの治癒力が高すぎるのが問題だな」


神将・夜叉大将達の戦う様を見て、ぽつりと零された呟きに天一と玄武は首肯しつつ言葉を返した。
九尾へと何度も攻撃が当たっているのは、少し離れたこの場所からでも見て取れた。
ところどころに傷を負っているのが見えるが、重傷と言える程の傷は見当たらない。
と、そこへ瑠璃も晴明達の会話へと加わってきた。


「そうですね。九尾の治癒力はとても高い。ですが全く効いていないというわけでもないようです」

「というと?」

「治癒しきれていない傷の数が多くなってきています」

「確かに、傷の数自体は増えてきているようですね」


瑠璃の言うように、初めの頃と比べると治癒能力で治っていた傷が治ることなく残るようになってきている。


「傷を癒すというのはとても体力を消費します。一見すると差ほど痛手を負っているようには見えませんが、これまで九尾へと負わせた傷は一つや二つではありません。その実、かなり体力は消耗しているかと」

「どうやら瑠璃様の言うとおりみたいだねぇ。少しずつだけど、攻撃が当たる回数が増えてきてる」

「そうだね。結構大きい傷も負わせられているみたいだし・・・・今のところ治癒の力は健在だけど」


瑠璃の言葉に、視線を宮毘羅達の戦闘へと固定したまま警戒している毘羯羅(びから)や真達羅(しんだら)も同意の声を上げた。
そんな二人に瑠璃は頷き返し、改めて晴明へと視線を向けた。


「どうやら決着の時は近いようです。晴明殿、その時はそちらの綾絶の剣で・・・・」

「えぇ、わかっていますよ」


瑠璃の言葉に、皆まで言わずともわかっていると頷いた晴明は、次いで隣に佇んでいる彰子へと視線を向けた。


「晴明様・・・」

「彰子様は天一達の傍から決して離れないようお願いします」

「はい、わかりました」

「お前達、彰子様をしっかり守るように」


晴明の命を受け、玄武と天一はしっかりと首を縦に振って返した。
晴明はそれに笑って返すと、次の瞬間には表情を引き締めて九尾へと視線を向ける。
今、神将達や夜叉大将達が頑張って九尾の体力を削っている。後は自分が機を逃さずに九尾へと留めの一撃を加えることが大事となってくる。
晴明は意を決するかのように目を鋭く細め、綾絶の剣をしっかりと握り締める。



九尾の操る蒼炎が、眼に眩しく焼きついた――――――。












                        

※言い訳
はい、引き続き書いております。
今回は戦闘シーンの詰め合わせになっております。正直、こんなに戦闘シーンを書かなくてもいいんじゃないの?と疑問に思いつつの仕上がり。でも、戦闘シーンを入れないでの最後の締めというのも何だかなぁと思い直して書き上げました。
戦闘シーンの表現が似たり寄ったりになってないか心配です;;

なんか気づいたら紅蓮が煌を口説いてました(笑)
そして開き直った紅蓮は強い。理屈どうこうではなくて、感情的な部分で物を言う紅蓮・・・まぁ、原作の紅蓮と似ても似つかないことは許してください。
二人のやり取りを書いている間、何度か迷企羅に突っ込みを入れさせたくなりましたが、そんなことをしたらシリアスな場面がギャグになって雰囲気ぶち壊しになるので自重。うぅ〜、ほんとは書きたかった(泣)

今回、頑張って全員登場させてみました!招杜羅と珊底羅と伐折羅を喋らせることは残念ながらできませんでしたが、それを除いては全員一言ずつ喋っています。こんな大人数動かせません;;ほんと、何でこんなに大人数にしたんだ?自分・・・・・。

個人的には満足していますが、書きたいところの半分までしか書けなかった!


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2011/7/28