懐かしい笑顔。 それを見たくて追いかけた三年。 どちらも大切に思うことには変わりない。 でも、それでも込み上げてくる思いは抑えられない―――――――。 |
沈滞の消光を呼び覚ませ〜漆拾捌〜 |
「はぁぁぁっ!」 「甘い!」 朱雀は蠢く九つの長大な尾を掻い潜り、己の武器である大剣をその首元へと振り下ろす。 しかし、それは九尾がその爪で受け止めることにより阻まれる。 きりきりと、剣と爪の擦れ合う音が響き渡る。 そんな拮抗状態の中、朱雀は口を開いた。 「それにしても解せないな」 「・・・・何がだ」 「昌浩のことだ。お前はあいつを傍に置きたいんだろ?ならば何故得にもならない賭けをして、態々こちらへ戻ろうとする昌浩の意思を強めるような真似をする?」 「ふっ、何を言い出すかと思えば・・・・・。そのようなこと、心配に及ばない位に煌の自我が確固としたものになっているからに決まっておろう」 「本当に、それだけか?」 「なに?」 ぎゃりっ!という音と共に均衡が崩れる。 朱雀は鋭利な爪先を身を捻ってかわすと、銀色の毛並みに覆われたその体を斬りつけた。 九尾も咄嗟に横へ跳んで剣先をかわそうとするが、かわしきれずに大きな切り傷を負う羽目になった。 「ぐっ・・・・・」 「お前、言ってたよな。お前の元へ行きやすいように記憶を奪ったと。では、その記憶があったままでもお前の手を取っていたら?記憶を取り戻したことで煌がお前の手を拒んでいたら?お前はどうしていたっ!」 互いに少し距離を取り、向かい合う。 色味の違う金眼が交差する。 「九尾、お前が本当に求めているのは誰だ――――――?」 そして、その問いに九尾は・・・・。 「九尾、お前が本当に求めているのは誰だ――――――?」 ふいに耳に届いた言葉に、煌ははっとその声が聞こえてきた方へと視線を向けた。 視界に映る九尾の姿を見て、煌は思わず息を止めた。 全身、いたるところに裂傷を負った九尾。 銀の毛並みを赤で斑に染めたその姿に、つい最近眼にしたばかりの吉量の姿が被って見えた。 自分は一体何をしていたんだろう?目の前の神将に気を取られて、九尾がこれほどまでに傷を負うまで気がつかなかったとは。 「久嶺・・・・っ!」 その名を呼び、駆け寄ろうと一歩踏み出した足は、しかし次に紡がれた九尾の言葉によってその場に縫い付けられた。 「そんなものは決まっておる。我の傍にいてくれるあやつだ」 その言葉のみを取ってみれば、『あやつ』が指しているのは自分のことのように聞こえる。 だが、その前に成された問いかけの言葉も照らし合わせてみれば、その『あやつ』とは『昌浩』全体に掛かってくる言葉で、つまり――――『煌』一点のみに掛かってくる言葉ではない。 「く・・・りょう・・・・?」 九尾より放たれた言葉の意味を理解できず、いや理解したくなくて煌は呆然と九尾を見つめる。 煌の呟きにも似たその声に気づいたのか、九尾が煌へと視線を向けてくる。 「お前は我の傍にいてくれるであろう?」 なぁ、煌よ。 九尾の問いかけに勿論だ!と間髪入れずに返していた。つい、ほんの少し前までなら。 けれども、先の九尾の言葉を聞いて混乱している煌には即答することができなかった。 九尾が求めているのは、九尾の傍にいてくれる『昌浩』。 その条件を満たしている昌浩が『煌』。 先程の九尾の言葉はそういうことで、そうだと気づいた途端に煌は恐ろしくなった。 もし、今昌浩が九尾へと手を伸ばしたら―――きっと九尾は許すのだろう。 もし、記憶を取り戻したばかりの煌が九尾を拒んだら―――きっと記憶を消されて新たに九尾を求める『昌浩』が出来上がるのだろう。 そしてそれらの指すところは、九尾は『煌のみ』を求めているわけではないこと。九尾が求めているものに最も近いのが煌であった、ということだ。 煌は最良≠ナあっても、唯一≠ナはないのである。 『煌は九尾にとって唯一の存在ではない』。それがひどく恐ろしかった。 煌は震えそうになる口元を必死に抑えて九尾に問いかけた。 「ねぇ、久嶺。久嶺にとって俺は『何』?」 ねぇ、お願いだから・・・・『俺』が大事なたった一つだと、言葉に成して・・・・・・・。 「無論。我の愛し子、唯一無二の眷属よ」 「うん・・・・・」 いつもであれば歓喜に打ち震えるはずの言葉。 それだけで満たされるはずの言葉。 だというのに、今この場でその言葉だけで安心することのできない自分はなんて酷いやつなんだろうと思う。 でも、これ以上の言葉など聞けるはずもなく、頷くことしかできなかった。 頷いた煌に満足して、九尾はうっすらと笑みを浮かべた。そして気づけなかった。 煌がどうしてそのような問いかけをしたのか、その眼を不安で揺らがせていたことを―――――。 「そう我の・・・・・・故に安倍晴明、貴様が邪魔なのだよ」 そして九尾は予備動作もなしに、己の最高速度をもって炎弾を撃ち放った。 そのあまりにも唐突な動きに、誰もが反応することができなかった。 炎弾は神将・夜叉大将達の間をすり抜けて、真っ直ぐと晴明に向かって突き進む。 「っ、晴明!」 思わず紅蓮が名を呼ぶが、ふいを衝かれてしまった晴明の防御動作はとても緩慢で間に合いそうにない。 今の晴明は離魂の術を使っている、そんな状態であの攻撃を受けてしまえば・・・・・いや、例え生身だとしても危ない。 その場にいた全員が焦燥混じりの絶叫を上げる中、その声は響いた。 「砕破っ!」 鋭く放たれた言霊と共に、懐かしさすら感じられる霊力の刃が炎弾を撃ち落した。 その場にいた誰もが目を瞠り、声の発生源へと視線を向けた。 その視線の先にいたのは煌。いや―――― 「まさ、ひろ・・・・・?」 もしや、という思いが込み上げてくる。 一番近くにいた紅蓮は、恐る恐るその名を呼んだ。 そしてその問いかけの先の子どもは、その口元に淡く笑みを浮かべて言の葉を紡いだ。 「久しぶり、紅蓮」 軽やかな口調と共に呼ばれた名=B それは確証を得るには十分過ぎた。 「あぁ・・・・・・・本当に久しぶりだ、昌浩」 自然と口元が緩み、紅蓮も微笑を浮かべて目の前の子どもに挨拶を返していた。 ようやく、会うことができた。長年追い求めていた子どもの姿がそこにあった。 煌も確かに昌浩であった。それは認めているし、心の整理もついていた。紅蓮の知らない、三年という時を過ごした昌浩が煌であると、そう納得した上で先程まで紅蓮は煌と対峙していた。 でも、今目の前で微笑んでいる子どもを見れば、自然と胸に熱いものが込み上げてくるのを感じずにはいられなかった。 昌浩が本物で、煌が偽者だとか優劣をつけるつもりはない。 でも、この胸に抱く感情の違いは、そのまま共に過ごした年月の差なのだろう。 昌浩も煌も性格は違えど、その心根のひたむき過ぎる程の真っ直ぐさ加減は一緒だと感じていたし、どちらも愛おしむべき大事な子どもという認識には変わりない。 でも、それでも今この時だけは純粋にこの子どものことを思いたいと、そう思ってしまった。 と、そこでようやく昌浩が表へと出てきていることに意識が向き、疑問に感じたことを口に乗せた。 「お前が今表に出てきているということは、煌は・・・・・・」 「うん、今はここ」 昌浩は僅かに視線を落として、そっと己が胸に手を当てた。 その表情が若干憂いげに見え、紅蓮は眉を顰めた。 「煌が、どうかしたのか?」 「うん、大分ね・・・・混乱してるみたい。まぁ、そのお陰で俺がこうして表に出てこれたんだけど・・・・」 「混乱?一体またどうして」 「原因ね・・・・うん、あれは九尾の言葉の選び方が悪かったせいだと思う・・・・・絶対。うん」 「は・・・?」 説明するというよりは、どこか独り言にも似た様子で話す昌浩に紅蓮はますます首を傾げた。 それに昌浩は首を緩く振って返し、表情を改めた。 「今は混乱してるけど、そう時間がかからないうちに立て直す思うから、そうしたら俺が表に出続けられるかどうかはわからない」 「おいおい、昌浩・・・・」 「うん、わかってるんだけどね。我が儘さ加減で負けるというか、癇癪を起こして泣く子には勝てないというか・・・・・」 「しっかりしてくれ、晴明の孫」 「孫言うな」 真面目に向かい合っていた二人は、同時に相好を崩した。 三年前までは日常的に繰り返してきた遣り取りであったが、とても懐かしい気分にさせられた。 二人の話に区切りがついたのを見計らって、今まで傍観に徹していた勾陳が口を開いた。 「では、煌に邪魔されない今が九尾を攻撃する絶好の機会というわけだな」 「勾陳・・・・・・・」 「挨拶は後回しだ。今は奴を倒すことに専念するぞ!」 勾陳はこちらへと視線を向けてくる昌浩に軽く手を振って返し、すらりと己が武器を構えて臨戦態勢へと入る。 それに合わせて、今まで置いてけぼりをくらって傍観していた他の面々も気を取り直して九尾へと武器を構えた。 再び緊張感を取り戻した空気の中、九尾は昌浩に静かに視線を向けた。 「この場面でお前が表へと出てくるか・・・・・我もなかなかついていないな。あそこでお前に阻まれなければ、あの忌々しい老人を殺せたものを」 「じい様は殺させないっ!」 「ふっ、ならば精々煌に主導権を奪い返されぬよう頑張ることだな」 きっ!と険しい視線を送ってくる昌浩に嘲りを含んだ薄い笑みを返すと、九尾はその身に蒼炎を纏った。 「まぁ、我はお前を諦めてやることなどせぬがな」 ごぅっ!と、蒼炎が解き放たれる。 蒼い花弁が舞い踊る中、九尾はその四肢に力を込めて地を蹴った―――――。 ![]() ![]() ※言い訳 まず初めに一言。昌浩おかえりー!!! 最初の頃に出てたくらいでずっと煌が表に出ていたので、昌浩が表に出てくるのはほんと久しぶりだ!(感涙)出番があっても、いつも深層世界での話しだったからね・・・。 あと、書いていて疑問に思ったこと。「紅×昌・・・・じゃないよ、ね?」 なんか紅蓮の心情とかもろもろ書いていて、すっごくむず痒い気分に侵されてました(苦笑) 原作の紅蓮はこんなんじゃないんだろうけど・・・と思いながら、それでも紅蓮ならこれくらい思ってくれるかな・・・?と考えつつ文字打ってたらこんな文章ができあがりました。至って真面目に、親心的な気持ちで昌浩を心配している紅蓮を書いて見たんですが・・・・ね? 最後の二人の遣り取りを書けて個人的には満足です。 感想などお聞かせください→掲示板 2011/7/28 |