水鏡に響く鎮魂歌―壱―









       上も下も、右も左も黒。




       どこまでも果てしなく続く漆黒の世界。






       『ここ、どこなんだろう?』






       ふと気がついたらここに立っていた、という表現が一番しっくりくる。


       いつものように夜の見回りを終え、安倍邸の自室に帰ってきた所までは覚えているが、その後のことはぽっかりと
       穴が開いたように記憶がない。


       『俺ってそんなに疲れてたのかなぁ?』


       記憶にないってことは、自分はそのまま褥に眠り込んでしまったのだろう。
       ということは、これは夢の中であることが可能性としては大だ。
       そうなれば、いきなりこの真っ暗な空間に物の怪も居らず、自分独りで立っていることにも合点がいく。

       合点がいくが、昌浩は一つ、ある疑問を持つ。


       『夢の中だとして、何でこんなにはっきりと思考が働くんだろう・・・・・・・』


       はっきり言うと夢の中という場合、こんなに冷静に今までの出来事を振り返ることができるかというと、それは否
       だ。
       だからといってこれが現実かというと、やはり違う。


       『ってことは、やっぱり夢か』


       弱冠、腑に落ちない点があるが、昌浩はこれは夢だと判断することにした。
       らしくなく思考を命一杯に回転させていた昌浩の耳に微かな声が届いた。


       『何だこれ・・・・・・唄?』









       思い出せ哀しき過去を

       思い出せ苦しき過去を

       御魂に刻まれしその記憶

       嘆きの声は虚空に響き渡れども

       嘆きに耳を傾ける者は無し

       さすれば願わん

       我が声を聞きし者が在ることを

       我が魂とその叫びに気づきし者を

       この魂尽き果てるまで謡おう

       嘆きの唄を・・・・・・・・・・・・










       耳を澄ませばそんな唄が聞こえてくる。
       声からすると男の人のものだろうそれは、何も見えない暗闇の空間に響き渡る。

       哀しい唄。
       昌浩は黙ってその唄に耳を傾けていた。
       嘆きの唄は昌浩の心の中に滑り込んでくる。

       得体の知れないものに心が侵食されていくような感覚。
       心の奥深くまで土足で入り込まれるような不快感。


       『―――何か、嫌だ・・・・・・・・』


       今まで唄に耳を傾けていた昌浩は、胸の内に沸き起こった不安からか、これ以上唄を聞いていたくないと思った。
       そして、この空間に居ることが何よりも嫌だと思った。
       昌浩は焦りながら、ただひたすらにそのことを考えた。

       このままこの空間にいると、大事な何かを失いそうな予感がするのだ。
       唐突に沸き起こった不安に、無意識に一歩足を引く。


       「いや、だ「逃がさない」


       何も無い玄一色の世界から逃げ出したいとひたすらに願っていた昌浩の耳元に、静かな、それでいてねっとりと絡
       みつくような声がした。


       「―――――っ!!?」


       ―気配が、しなかった!!?―

       耳元で突然聞こえた声に、反射的にその場から飛び退こうとした。
       ―――が、身体は意志に反して動こうとしない。否、指先一つをぴくりとも動かすことが出来ないことに昌浩は漸く
       気づく。


       「逃がさない」


       まるで言い聞かせるかのように、再び声が聞こえた。
       それと同時に、目の前の空間が歪み、一人の男が現れる。
       暗がりのせいで顔はよく見えないが、その男の雰囲気から三十代後半から四十代前半位の歳だと推察できた。


       「誰?」


       ここが夢の中といえど、そう疑問を口にせずにはいられなかった。
       男は無言のまま静かに昌浩に歩み寄る。


       「―――お前が安倍昌浩か?」


       それは問いかけの形であるが、確認の言葉。
       昌浩は唐突に背筋に氷塊が滑り落ちるような感覚に身体を強張らせる。
       男の声はいっそ優しい調子なのに、その響きは永久凍土の氷より冷たいものを含んでいる。


       「だ・・・れ?」


       ひどい緊張の為か、昌浩は掠れた声で再度男に問い掛ける。
       男はその問いには答えず、昏い輝きを灯した眼で昌浩の眼を覗き込んでくる。
       男と眼が合った瞬間、昌浩は無意識の内に悟った。


       ダメダコノヒトハキケンダ


       昌浩の頭の中で警鐘が激しく鳴り響く。
       男の手が昌浩に近づいてくる。


       「―――っ!」


       昌浩はその手を身を捩って逃れようとするが、身体は金縛りに掛かったかのように微動だにしない。
       そうこうしているうちに手は眼前にまで迫ってくる。
       この手に捕まってはだめだと本能が訴えてくる。
       ――が、無地用にも男の手が昌浩を捕らえた。
       男に捕まった瞬間、昌浩は力の限りに叫んで拒絶した。



      
 「―――っ、いやだっっ!!!」



       そこで昌浩の意識が途切れた。


























       無数の花弁から成っている花。















       その花弁が一枚、毟り取られる。















       花弁の欠けた花は不完全なものであり















       それ故に完全なものとして咲き誇る。































       欠けた花びらは何処―――――――――――?























 


       ※言い訳
       ”水鏡”久々の更新です。
       今回も前回に引き続き意味不明な文章表現になってしまいました;;;
       皆さん、「何だよこの文章・・・・」などとお思いでしょうが、書いている本人も何でこんな文章になったんだろう?;;と
       甚だに疑問なのでご容赦ください・・・・・・・。
       次回からはこれよりもちゃんとした文章らしい文章でかきますので、それで堪忍してください。
       更新速度はかなり遅めなので、皆さん気長にお待ちくださいませ。

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       2005/8/22