漆黒の闇の中で舞を踊る。 舞手は一人の少年。 彼は遂行者。 遂行者は復讐者の為に舞う。 それが彼の存在理由。 故に舞うのだ。 それが薄氷の上に作られた舞台であったとしても――――― 水鏡に響く鎮魂歌―肆― 「よう、息災だったか?弟よ」 「その言葉、そのままそっくりお返ししますよ兄上・・・・・」 知らせも無く、突然自分のもとに訪れてきた兄に昌親は浅く溜息を吐きつつそう返事を返した。 自分は頬に怪我を負っていながら、『息災だったか?』などと聞いてくる兄に頭痛を感じないわけではないが、まあ、それは気にしないでおくとしよう。 「ははっ!どうだ?男前が上がったろ?」 「その様子じゃ、奥方が卒倒なされてしまわれたのではないですか?」 「いや、その逆だ。張り手をくらわされた」 「それは当然の報いなのでは?兄上」 昌親の言葉に、成親は何ともいえない渋い顔をする。 温和な性情ではあるが、たまにさらっときつい一言を言ってくれたりするのだこの弟は。 「つれないなぁ・・・・そういうお前こそ泣かれたりしなかったのか?」 そう言いながら成親は昌親の左腕へ視線をやる。 昌親の左腕には丁寧に包帯が巻かれていて、それが袖口から微かに覗いている。 成親の言いたいことを正確に読み取った昌親は口元に苦い笑みをのせる。 「・・・・泣かれはしませんでしたが、とても心配を掛けさせてしまったことには変わりありませんね」 「まったく、お互いに苦労するな・・・・・」 「本当に」 そう言って二人は力ない笑みを浮かべた。 「――で、そんな世間話をしにきたわけではないのでしょう?」 「あぁ・・・・では、単刀直入に聞かせて貰おう。お前、その怪我は何で負った?」 今までの飄々とした様子を消し去り、真剣みを帯びた眼で成親は昌親にそう問う。 問われた昌親の方も浮かべていた笑みを消し、真顔でその眼を見返す。 互いに無言のまま、しばらくの間相手の真意を探り合う。 その沈黙を破ったのは昌親。 「兄上と同じ理由・・・・と言って間違いないかと」 「おいおい。それじゃあ、風に飛ばされて木に引っかかった資料を取ろうとしたところ木の枝に引っかけてしまった、という理由になってしまうぞ?」 「それは表向き、でしょう?」 「まぁな」 「それにしても、何ですかその理由は・・・・・」 「ん?あぁ、昌浩に言った言い訳の科白だ」 そこで昌親は眉を微かに寄せるという反応を示す。 どこか心配げに瞳が揺れている。 「・・・・・・昌浩の様子は?」 「心配ない。つい今しがた会ってきた、至って元気だったよ」 「そうでしたか・・・・」 その知らせを聞いて昌親はあからさまに肩の力を抜く。 そんな昌親を見て、成親は目許を和らげる。 そういう成親も、昌浩の無事を確認した時は、内心安堵の溜息を吐いたのだった。 「それでだ、今日退出したらおじい様にこの度のことを相談しようと思うのだが、お前は大丈夫か?」 「えぇ。こちらも今日おじい様にお伺いを立てようかと丁度考えていましたから・・・・・」 それを聞いた成親は一つ頷くき、微かに笑った。 流石は兄弟、考えることは一緒か? 「それは好都合。では、また後でな」 「はい、また後ほど」 そうして二人は互いに別れを告げて各々の仕事に戻った。 * * * 「ふぅ〜、疲れた・・・・・」 「これしきの仕事で音を上げていたら晴明を越すなんて話は夢のまた夢だぞ?晴明の孫」 「孫言うな。・・・・そんな事くらい言われなくてもわかってるよ!まだまだ知識も技術も未熟なことくらい・・・・」 「なら結構。精々精進するんだな」 「誠意やらせてもらいますよ―だ!」 そう言って昌浩は拗ねたようにぷいっと明後日の方を向く。 そんな昌浩に物の怪は笑みを禁じえない。 そんなほのぼのとしたやり取りをしながら夕日が沈んで間もない大路を進む。 ちなみに、暗視の術を使っているので日が沈んでも何ら問題はない。 「今日は何処に行こうかな?」 「ん?あぁ、夜の見回りのことか?」 「うん。昼間に敏次殿が言っていたことも気になるし・・・・・・・」 そう言って昌浩は、昼間の敏次との会話を思い出す。 それに物の怪も難しい顔をしながら一つ頷いて返す。 「安倍の者を対象とした謎の術者、か・・・・・・」 「その話が本当だったら、一体何が目的なんだろう?」 昌浩の疑問に物の怪は低く唸って悩む。 「う―ん、それは本人でなければわからないだろうな」 「そうだね」 疑問を口にした昌浩も答えを期待していたわけではないので、物の怪の言葉に同意する。 そうしてしばらくの間、二人は他愛も無い会話をしながら安倍邸に向け歩を進めた。 「うわあぁぁぁっっっ!!!助けてくれぇっ!!」 ふいに前方から悲鳴が聞こえてきた。 昌浩と物の怪は声を出さずに眼を合わせる。 物取りか? と考えた二人だが、次に聞こえてきた言葉に息を呑んだ。 「おっ、俺は安倍じゃないっ!!」 「そうか・・・失せろ」 「っ!うわ――っ!!」 男と対峙していた者の声は小さくて聞こえなかったが、男が逃げ出す様を見送っている所を見た限りでは男は助かった様だった。 しばらくは逃げていく男の背を眺めていた相手だったが、ふいにこちらへと視線を向けた。 昌浩と物の怪をその視界に納める。 「―――!お前は・・・・・探す手間が省けた」 相手はそう一言漏らすと、こちらへと歩み寄ってくる。 * * * 所は変わって安倍邸。 夕方退出した成親と昌親は晴明のもとを訪れていた。 「して、今日はどうしたのだ成親、昌親」 久方に会った二人の孫が怪我をしているのを見て密かに眉を寄せながら、敢えてそのことには触れずに用件を聞く。 いつもの飄々とした雰囲気を拭い去った成親が、真剣な表情で祖父を見る。 もちろんその隣に並んでいる昌親もだ。 「おじい様は安倍の者を探す謎の術者についての噂はすでにお知りのことだとは思いますが、それについての新たな報せをご報告にと参じました」 「新しい報せと?」 成親の言葉に晴明は怪訝に問い返す。 「はい。謎の術者、その人物に俺と昌親が昨日遭遇しました」 「なんと・・・!まさかその怪我は」 「―――えぇ、その術者と少々やり合ったので・・・・」 そう言って成親と昌親は共に苦笑をする。 遭遇したと言ったが、あれはどうみても待ち伏せされていたと言ってもいいだろう。 「お前たちが手傷を負わされるほどの腕前だったのか?その者は・・・・・・」 「まぁ、確かに強いといえば強かったんですけど・・・・・向こうはこっちを殺すつもりはなかったですし、俺達が隙を作ってしまったから怪我をしてしまったようなものなので」 「隙とな?」 成親の言葉を聞いて晴明は訝しがる。 交戦中において隙を作るなど、仮に相手が人間だとはいっても、この二人の孫達がそんな失態をするなどそうないだろう。 「はい。私と兄上は彼の術者の顔を見ました」 晴明の問いに答えたのは昌親。 「顔を見たのか―――?」 「はい・・・・」 わずかばかりに驚きの表情を浮かべる晴明に対して、成親、昌親共に表情が翳る。 そんな二人の様子を見て晴明は怪訝そうに眉を寄せた。 「―――一体、何があった?」 「術者の顔、それが私達が怪我を負った隙の原因でもあります」 「・・・・・・・・・・・・・」 晴明はそれ以上何も問い掛けずに、無言で昌親の言葉を促す。 「術者の顔、それは―――――」 その言葉を聞いて今度こそ晴明は驚きに眼を開いたのだった。 * * * 近づいてくる相手に昌浩と物の怪は臨戦態勢をとる。 が、二人は内心狼狽する。 相手の声がとても聞きなれたものだったから。 「な、んで・・・・・・・」 「―――いい度胸してるじゃね―か・・・・・・」 昌浩は困惑、物の怪は怒気を含んだ言葉を口にする。 相手は一丈ほどの距離を置いて対峙する。 顔を判別できる距離なのだが、相手は頭に紗を被っていて顔はわからない。 「ん〜。確かめる必要は無いんだけど、一応聞くから。―――お前は安倍昌浩だな?」 「・・・・・そうだ」 少しの沈黙の後、昌浩は肯定する。 確かめる必要は無い、それはつまり本人だと確信している者だからこそ言える言葉。 ここで否定しても無意味だ。 「わざわざ肯定ありがとう」 相手が笑ったことは紗から覗いた口元が笑っていたことで伺い知ることができた。 「貴様、一体何者だ!何故その声をしている!!」 物の怪はきつく眼を眇めて問い掛ける。いや、この場合は詰問か。 物の怪から立ち上る神気を気にも留めずに相手は物の怪へと視線を投じる。 「十二神将か・・・・・」 そう一言呟きのような言葉を漏らしただけで、視線はすぐに昌浩へと戻された。 眼を見ることは叶わないが、切っ先のような鋭い視線を感じることはできた。 ふと、相手が微かに首を傾げ、何か思い至ったように言葉を漏らす。 「―――あ、これ被ってたら顔が見えないか・・・・・忘れていた」 そう言うと、頭に被っていた紗を掴み、取り外す。 紗が取り除かれて相手の顔が曝け出される。 「―――え?」 「なっ!」 相手の顔を見て昌浩と物の怪は驚きの声を上げる。 相手の顔は―――昌浩にとても良く似ていた。 一陣の風が通り過ぎた。 一つの花とその花弁は同じものであり、違うもの。 花から離れた花弁の行方は―――――? ![]() ![]() ※言い訳 はい!今回は兄ちゃんずをメインに書いてみました。 いいですよねぇ〜兄ちゃんず。 そして、昌浩とオリキャラ・寛匡が漸くご対面。これが書きたかった。 兄ちゃんずの怪我の原因は寛匡のせいだった、という話です。 次回は昌浩と寛匡のやり取りを書いていくつもりです。 なかなか進まないな・・・・・・。 感想などお聞かせください→掲示板 2005/10/21 |