悪夢から三ヶ月。 少年は悪夢のことはすっかりと忘れてしまっていた。 しかし、悪夢は終わっていない。 あれは夢の始まりであって終わりではなく 徐々に影響を与え始める。 闇に産声が上がる。 復讐者の産声が――――― 水鏡に響く鎮魂歌―参― 「うわあぁぁぁっっっ!!!」 夜の大路に絶叫が響き渡る。 大路の真ん中に人影が三つ。 人影の一つはまだ年端もいかない少年。 もう一つは三十路前後の男。 そして三つ目の影は銀色の獣。 「お前は安倍の者か?」 「ひっ!」 少年の問い掛けに男は答えず、男は喉の奥で引きつった悲鳴を上げる。 そんな男の様子に少年は目を眇める。 しかし、その変化は少年が被っていた薄い紗によって遮られ、男が気づくことはなかった。 少年を取り巻く空気が徐々に剣呑なものになっていく。 ■ 「・・・・・もう一度だけ聞く、お前は安倍の者か?答えなくばこいつにお前を襲わせるぞ」 その少年の言葉に、足元で控えていた銀色の獣―――狼の容姿に酷く似た獣が紅い瞳を爛々と輝かせながら低く唸り声を上げる。 「っ!ち、違うっ!!俺は安倍の者ではないっ!!!」 襲われてはひとたまりもないと思った男は引きつった声で否を告げた。 「なんだ、違うのか。それならそうとさっさと言えばいいものを・・・・・・」 人違いと聞き、少年を取り巻く空気の剣呑さが少し緩まる。 「うっ、うわあぁぁぁぁっ!」 少年の変化を敏感に察した男は脱兎の如くその場から逃げ出した。 そんな男を少年は追う気がないらしく、そのまま見逃した。 「あ―あ、待ち伏せってのも結構面倒だな・・・・いっその事こっちから出向いてみようか、なぁ疾風?」 そう言って足元に居る己の式である銀色の獣に話しかける。 話しかけられた疾風は軽く唸って返事をする。 それに少年は満足そうな笑みを浮かべ踵を反す。 「さ―てっ!誰からいこうかな?」 少年はその場に笑い声を残して姿を消した。 * * * 「昌浩殿、君は夜な夜な現れる謎の術者のことを知っているか?」 「夜な夜な現れる謎の術者、ですか?」 陰陽寮、渡り廊下を歩いていた晴明の孫こと昌浩は陰陽生である藤原敏次に呼び止められた。 そして上記の会話をすることとなる。 「そうだ。ここ最近頻繁に起こっている事件らしいのだが、聞いたところによると夜大路を歩いていると目の前に一人の人が現れて『お前は安倍の者か?』と聞かれるらしい」 「―――それは?」 敏次の話を聞いていた昌浩は訝しげな表情を浮かべる。 隣で敏次に対して散々文句を言っていた物の怪も同様な反応を示す。 『そんな話聞いてないぞ?』 二人の内心を知ってか知らずか、昌浩の反応を見て敏次は少し意外そうな顔をする。 「おや?知らないのかい?一応君も安倍家の一員だろう、全く無関係というわけではないのだからてっきり君も知っていることだと思っていたのだが・・・・・・」 「いえ、今初めて聞きました。じい様は特に何も言っていなかったので・・・・・・」 「そうか・・・・まぁ、気にする程のことでもないと判断されたのかもしれないし、一応君も気をつけたまえ」 「はい、わざわざありがとうございます」 「いや、何てことは無い。では私はこれで失礼するよ」 そう言うと敏次は足早に去っていった。 「もっくん、今の話どう思う?」 「うーん・・・・何とも言えないな。邸に帰ったら一度晴明に聞いてみたらどうだ?」 「そうだね、それが手っ取り早いか」 そう考えた昌浩はその話を打ち切って自分の仕事に戻った。 * * * 「昌浩」 「兄上!どうしたんですかこんな所で」 「いや何、昌親を探していてな・・・・・・お前は見かけなかったか?」 「いえ、見かけてないですけど・・・・」 いつもの如く硯で墨をしゃこしゃこと磨っていた昌浩は兄である成親に声を掛けられた。 働く部署が違うためか、普段あまり陰陽寮内では会うことのない兄がいるのだ、不思議に思わないわけがない。 昌浩の不思議そうな視線を受けた成親は、それに一つ笑って答える。 「そうか、では別の所をあたるとしようかな・・・・・」 「何か急ぎの用でもあるんですか?」 「いや、それほど急ぎってわけでもないからな、のんびり探すとしよう」 「そんな暇あるんですか?・・・・・・・ところで兄上、その頬の傷はどうしたんですか?」 そう言って昌浩が指した先は成親の頬にある傷。 「ん?あぁ、これか?実は風に飛ばされて木に引っかかった資料を取ろうとしたところ木の枝に引っかけてしまってな」 そう言いながら頬にある傷を軽く擦る。 昌浩はそんな兄の様子に軽く脱力する。 「気をつけてくださいよ?兄上。そんなだと騒がれてしまいますよ?」 敢えて誰とまでは言わなかったが、成親がぎくりと肩を揺らすところを見るときちんと意味が通じたようだ。 「そうだな・・・・というか騒がれた。その上張り手をくらった」 「うわぁ〜」 「それはまた豪気な・・・・・」 成親の話を聞いて二人はちょっぴり哀れみの念を覚えた。 「ところで、お前は怪我とか負っていないか?」 そう聞きながら成親は昌浩をまじまじと眺めてくる。 そんな成親の視線に昌浩は居心地悪げに身じろきをする。 「怪我?別にどこも負ってないけど・・・・・何で?」 「ん〜?いや、ほらお前ってしょっちゅう怪我をしてるから兄としてはやっぱり心配するじゃないか」 「俺は大丈夫だよ兄上」 「どうだかなぁ?そう言った矢先に怪我なんてするんじゃないぞ?」 「ひどいよ!兄上〜!!」 「はっはっはっ!」 拗ねたような顔をする昌浩を見て、楽しげに笑う成親。 弟の頭をわしゃわしゃと掻きまわすことが出来ない代わりにその背中をばしばしと叩いて成親は二人のもとを去っていった。 「っ!兄上〜!!」 文句を言おうとした昌浩だが時すでに遅し、成親の姿は見えなくなっていた。 昌浩は肩の力を抜き、浅い溜息を一つ吐く。 「つ、疲れた・・・・・・」 「あいつも賑やかなやつだよなぁ。見てて飽きないな」 「そういう問題じゃないよ、もっくん」 頭痛がしてきそうな米神を揉み解し、昌浩は中止していた墨磨りの作業を再開する。 物の怪は黙ってその脇に丸まり、眠りの体制に入る。 穏やかな風が吹き、二人は静かな時間を送った。 一方、昌浩達と別れた成親はというと――― 「さて、と。早々に昌親を見つけるとするか・・・・・・」 そう一人呟くともう一人の弟を探しに歩を速めた。 事はゆっくりと静かに、だが確実に進んでいく。 それを知るのは闇の中で嗤う者のみ。 ![]() ![]() ※言い訳 一応、オリキャラ登場〜!名前は出てないけど・・・・・・。 私は兄ちゃんずとかとっし―が好きなんで話の中にはちょくちょく出してるんですよね! 今回のお話は前回のお話から三ヶ月経った後という話の流れになります。 時季とかの設定は見ないふり、存ぜぬふりをしてください。 感想などお聞かせください→掲示板 2005/10/9 |