「――…なぁ、シセン………」

「…………(…………)」


 随分と弱々しい声が俺の耳に届く。
 だが、俺はその声に対し敢えて聞こえないふりをする。
 そんな俺の様子を見て、コウヤはへちょりと眉の端を垂れ下げる。誰がどうみても情けないの一言に尽きる顔である。

 ―――コウヤは今、俺の前に正座をして座っている。


「僕が悪かったからさ……ねぇ、聞いてる?」

「…………(…………)」


 あぁ、もちろん聞いてるとも。

 内心で相槌を打ちながら返事を返し、けれども視線ならびに顔全体を明後日の方角へと向ける。俺の心情を最もわかりやすく表現するために……。
 ちょいとばかり動作が大げさ過ぎると思うやつもいると思うが、互いの言葉が通じないということを考慮すれば、これくらい大げさ過ぎても足りないことはないだろう。

 顔をコウヤから思いっきり逸らしながらも、俺はあいつのカバンを漁る。そしてカバンの中から小ぶりの小さな箱を探し出し、それを外へと引っ張り出す。
 その間、その俺の作業を手伝おうと伸ばされてきたコウヤの手を、己のしっぽで容赦なく叩き落とす。バカ者の手助けなどいらん!!


「あの…えっと、シセンさん?」

「…………(…………)」


 とうとう敬語まで使い始めたコウヤを、それでも尚俺は無視し続ける。

 カバンから引っ張り出した箱の端の部分を押し上げ、中からペラペラの物体を一つ取り出す。そのペラペラの物体を一旦地面に置き、箱の端の部分を元の状態に戻した後にその箱を再びカバンの中へとしまった。その後、地面に置いたそれを再び拾い上げ、真ん中に入った亀裂の端を持って両側へと引いていく……。

 その間にもコウヤの顔は益々情けないものへとなっていく。


「う〜……ごめん。心配かけた、よね?」


 あん?心配かけたかって??そんなの………

 俺は波立つ感情のままに、手に持ったそれをコウヤの鼻っ面に叩き込んだ。


「へぶっ!?」

「………ピチュ、ピッチュー…(………当たり前だ、このバカ者が…)」


 ったく!鼻の頭なんぞ擦り剥きやがって!!どんだけ鈍くさいんだお前は?!

 俺はやや荒っぽい動作でコウヤの鼻の頭に叩きつけたもの――ばんそうこうを精一杯背伸びをしながら、皺ができないように気をつけて貼ってやった。


「い、痛いよ!シセン〜」

「ピィ!ピチューピー(はん!そんなの自業自得だろうが)」


 何せ………



 ビッパのやつを追いかけるのに集中し過ぎて足元を疎かにした挙句、躓いて顔面スライディングかましたんだからな―――!!








【君と共に歩む道 第3話 ‐何でも器用にこなします‐】






 結論から言うと、コウヤは無事だった。

 いくら顔面スライディングして鼻の頭を擦り剥いていたとしても、それが自業自得からのものであれば俺的にはノーカウントだ。全面的にコウヤが悪い。(それに命に別状はないしな…)

 何とか追いついた俺とホムラの目の前で、コウヤはそれはもう盛大にすっ転んでくれたのだ。
 あの時ほど気が抜けたことはないだろう……俺達の緊張を返せ。
 そして現在、コウヤの手当て(と言っても擦り傷程度なんだがな)を俺がしているわけだ。俺の隣ではホムラが俺の一連の作業を興味深そうに見ている。


『先輩、それは何ですか?』


 ホムラはコウヤの鼻に貼られたばんそうこうを、ぱちくりと瞬きしながら不思議そうに見ている。
 俺はばんそうこうを貼る際に出たゴミくずを片付けながら簡単に説明してやる。


『ん?あぁ…これはばんそうこう。擦り傷や切り傷…まぁ、とにかく小さな傷に対して貼るものだ。何だ、見たことがないのか?』

『いえ、研究所にいた人が貼っていたのを数回ほど見たことはありますが……何で貼っているのかまでは知りませんでした』


 僕が気づいた時にはすでに貼られた後でしたし、貼っている作業を見るのはこれが初めてです。

 そう感慨深げに話すホムラに、俺はそうかそうかと頷いてやった。
 そういえばそうだよなぁ。俺達ポケモンに使われる治療道具なんてキズぐすりとか薬系のものが大半だもんな〜。ばんそうこうなんて俺達ポケモンの治療に使われることなんてほとんどないだろうし…基本的に人間の治療道具だもんな、コレ。俺だってユエさんがコウヤの手当てをする時にこいつを使ってるのを見て覚えたからな。
 包帯とかなら俺達にも使うかもしれんが、それこそ大ケガでもしなければお世話にならんだろう。ま、俺には包帯なんて難しいものは無理だ。人間でさえ慣れないと巻くのに苦労する道具だっていうのに、ポケモンである俺が上手くできるわけないしな……。


『まぁ…これでどういう時に使うのかも、どうやって貼るのかもわかっただろ?今度コウヤがケガをした時にでもお前が貼ってやれ』

『えっ!僕がやってもいいんですか?!ホントに??』

『あぁ、別にいいぞ。俺は別にこの仕事が俺だけのものだなんて思ってないからな、やりたいやつがやればいいさ』


 俺の言葉を聞いて嬉しげに眼を輝かせるホムラに、俺は軽く肩を竦めてそう言った。
 ま、今言ったことをは本心そのものだからな。
 俺がコウヤの手当てをするのは、周りにそれをしてくれるやつがいないからだ。当の本人であるコウヤはそんな些細なキズは気にも留めないし、面倒くさがって自分で手当てをしようとも思わないからな。
 そんなコウヤの手当てはユエさんか、この俺がやっていた。基本、外に出ている時にケガをするので、いつも一緒にいる俺が簡単な手当てをしてやり、それ以上の――難しくて手に負えないようなものはユエさんの許へと引っ張っていき手当てをさせた。
 ポケモンに自分の手当てをさせるトレーナーなんてひどく情けないとは思うが、それがまぁコウヤだし………。
せめてケガをしないように、自分の行動には気をつけるぐらいのことはしてほしいものだ。特に、さっきみたいなうっかりによるケガは無くしてほしい……。

 そういった願いを込めてコウヤへと視線を送ると、コウヤは困ったように自分の頬を指で掻いた。
 更に気持ち(主に抗議とか抗議とか抗議とか…あとはちょっとした心配)を込めて視線を送ると、とうとう眼を泳がせ始めた。

 視線を送る。
 視線を……ひたすらに、送り続ける。

 時間が経っていくごとに、コウヤのその頬には先ほどまではなかった一滴の汗が浮かび、流れ落ちる。


「…えっとね、シセン。僕が悪かったって、ものすごく反省してるから……うぅっ、お願いだからそんな訴えかけるような視線を寄越さないで」

「ピチュー?(本当に反省してるのか?)」

「うん、反省してます。してますから、いい加減機嫌を直してよ」

「…………チュ〜(…………はぁ〜)」


 やれやれ仕方ない。と言葉が通じずともわかりやすく動作で表現した後、俺はコウヤの肩へと飛び乗るとペチリとその頬を軽く叩いた。

 あまり心配をかけさせるな、という意味で……。

 そんな俺の気持ちが伝わったのだろう。コウヤは相変わらず情けない表情ながらも、ふっと優しげな笑みを浮かべた。
 コウヤは俺から視線を外すと、その眠たげな眼差しを足元で心配そうに見上げてくるホムラへと移動させた。


「ホムラも、心配かけちゃったみたいでごめんね?」

「ヒコッ?!ヒコ、ヒッコー(えっ?!いえ、無事で何よりですご主人様)」


 コウヤは優しい手つきでホムラの頭を撫でると、ふと思い出したように呟いた。


「ところで、ここはどこだろう……?」

「「…………(…………)」」


 思わず降りる、深い沈黙――――。

 だからな、もう少し計画的に行動しような?
 ただでさえ方向音痴なのに、今自分のいる場所がわからなくなったらそれはもう完璧に迷子だ。
幸い、今まで通ってきた道は俺が覚えているので元の道へ戻ることは難しくない。距離にしたって実際はそう歩いていないのだ。今ならまだ修正が効く……。
 俺はコウヤの髪を一房掴むと、くいっと引っ張る。そして今通って来た道の方を指差した。


「ピピチュ…(コウヤ…)」

「ん?あ、そっちに行けば元の道に出れるんだね?」

「ピッチュー!(そのとおりだ!)」

「ん。それじゃあ行くとしようか…ホムラ、歩きっぱなしじゃ疲れるだろうからボールに戻って」

「ヒコー!(わかりました!)」


 コウヤはホムラをボールへと戻すと、俺の指差した方向へと歩き出した―――。






 はい。ようやく道に出れました!いや〜、やっと一息吐けるぜ。

 例の如くコウヤは何回か別方向へと進みそうになったが、そこはすかさず俺が軌道修正してやった。

 さて、正規の道へと出た俺達はそのまま地面へと座り込んだ。そしてカバンから地図を引っ張り出すとそれを地面に広げて置いた。
 そんなコウヤの隣には俺と、コウヤを挟んで反対隣には再びボールから出されたホムラがいる。
 何をしてるのかって?さっきホムラにも話したが、現在地と目的地の確認だ。これをやっておかないと進むに進めない。


「えっと、今いる所は森に入ってすぐの所だね……」


 背後へと振り返り、途切れている木立とその先に広がっている原っぱを確認してコウヤは地図に描いてある森の部分であろう場所の、端っこを指で簡単に丸く囲む。


「で、この先にある一番近い大きな街はここ」


 コウヤはそう言いながら、森の位置から指をススッと動かしていくと街の名前であろう字が書いてある街の部分で指をぴたりと止めた。
 俺は現在地とコウヤが指差した街までの、コウヤの指が動いた道筋を丁寧に視線で追う。うん、大体の方角はわかった……。

 コウヤを挟んだ向こう側――ホムラの様子を見てみると、物珍しげにしげしげと地図へと視線を落としている。その眼は好奇心によってキラキラと輝いている。

 さっきも思ったんだが、こいつってかなり好奇心旺盛だよな………。

 そんなことを考えていると、コウヤが再び話し始めた。


「僕はジム戦とか興味が無いし、これになりたい!っていう大きな目標は無いけれど、とにかくこの街が大きいことには変わりないし、資源も豊富だろうから当面の目的地はこの街になる」

「もちろん、この街に着くまでの間には小さな村や街だってあるし、こうして旅をするわけだからポケモンバトルだって避けては通れない。そうなれば無傷ではいられないだろうし、最寄のポケモンセンターにお世話になることもあるだろうね」


 そう淡々と話すコウヤは俺とホムラにチラリと視線を寄越してくる。

 これはポケモンバトルについて、あらかじめ心構えをしておくことを促す視線だ。といってもその視線の意味が通じたのは俺だけで、ホムラはただ不思議そうに首を傾げている。
 まぁ、まだ付き合いも浅いことだしな。ここら辺の意思疎通のフォローは俺がしっかりとしてやればいいだけのことだ。そのうち自分から察せられるようになるだろう。

 コウヤの話はまだ続く。


「僕としては急ぐ旅じゃないから寄り道だっていっぱいするだろうし、ポケモン達を観察するのが大好きだから長時間同じところに足を止めることだってしょっちゅうだ。…それはシセンだったらよくわかってるよね?」

「ピッチュー!(もちろんな!)」

「ウキ?ウッキィ…?(え?先輩どういう意味ですか…?)」

「ピーチュ、ピッチュー(まぁ待て、それは後で説明してやる)」


 説明を求めてくるホムラにストップをかけ、俺はコウヤへと視線を送る。
 話を続けさせるためだ。

 俺の視線の意味を間違わずに読み取ったコウヤは、にっこりと笑うと話を再び始めた。


「だから僕達の旅の進行速度は他の人と比べてかなり遅いものになるだろう。まぁ…行く当ての無いぶらり旅だしね、気長に付き合ってくれると嬉しいな。特にシセンには……色々と、迷惑を掛けるだろうし………」

「ピ、ピチュー(ま、わかっていることだしな)」

「ホムラにも…そしてこれから増えるかもしれない新たな仲間にも、いっぱい迷惑を掛けるかもしれない。それでも……僕と一緒に来てくれますか?」


 ひたと…静かに向けられる藍色の瞳が、普段稀に見るほど真剣な光をともす。
 それに俺は思わず息を詰め……でも、ゆっくりと首を縦に振った。俺とは反対側にいるホムラも同様の反応を見せ、また俺と同じように黙って首を振った。

 こくりと頷く俺達に、コウヤも口の端を緩めて一つ頷く。


「僕も……お前達が僕について来てくれる限り…いやそれに関係なく、お前達のトレーナーであり、仲間であり、そして家族であり続けることを約束するよ」


 コウヤはより一層笑みを深めながら、そうきっぱりと俺達に告げた。思いもよらなかった宣誓だ……。
 すると、いきなりコウヤは「ふぅ〜…」と大きく息を吐いた。額に浮かんだ汗を拭う仕草までしている―――。

 どうやら、柄にもなく緊張してたみたいだな……。

 藍色の目は、つい先ほどまで浮かんでいた真剣な光が消え失せ、いつもの眠たげなどこか茫洋としたものに戻っている。


「あぁ、慣れないことをするもんじゃないな……。さて、当面の予定は立てたし、そろそろ行こうか」

「ピ〜チュ!(りょ〜かい!)」

「ヒコッ!(はいっ!)」


 俺達の元気の良い返事を聞くと、コウヤはゆるい笑みをその顔に浮かべた。

 地面に広げていた地図をカバンへと仕舞うと、俺達は歩き出した。







 こうして俺達の旅はゆるい空気のまま、再会されたのであった――――。











                        

※あとがき
 さて、予想外にも随分とシリアスな流れとなりました。そして作者にとっても予想外の展開(コラ!
 初めはこんな話を書く予定はなかったんですけどね…何か書いているうちにいつの間にか↑のようなお話ができあがりました。(何故?)

 かなりのスロースタートをきったコウヤ達。彼らの旅の行く末は………神のみぞ知る。(ここで作者のみぞ知ると言わないあたり、無計画性が伺える)