「コウヤ、お誕生日おめでとう。って言っても数日早いがな…これはお前にプレゼントだ!」


 8歳の誕生日。

 それよりも数日早い日付のその日、滅多に家に帰ってこない父が突然現れて僕に手渡したのは―――白い、ポケモンのたまご。


「父さん…これ……」

「!あなた、これポケモンのたまごじゃない!一体どうしたの?」

「旅の途中、偶然に手に入ってな。そろそろコウヤの誕生日なのを思い出して、プレゼントとして贈ろうと思ったから今回は戻ってきたんだ」


 父さんはそう言ってニカリと笑うと、「どうだ、驚いたか?」と聞いてきた。
 もちろん、不意打ちのプレゼントに驚かないはずもなく、僕は「うん!!」と大きく頷いたことを今でも覚えている。

 柔らかい素材の布が敷き詰められたカゴの真ん中にちょこんと乗せられている白いたまごは、時折ゆらゆらと揺れ動くことがあった。それを不思議に思って父さんに尋ねてみると、それはポケモンがたまごから孵る時期が近い証拠なのだと教えてくれた。


「かなり活発に動くようになったからな、数日中にはたまごからポケモンの赤ちゃんが生まれるぞ!」

「あら、そうなの?だとしたら、コウヤの誕生日とこの子が生まれてくる日が重なったりしたら素敵ね」


 だったら一緒のお誕生日になるでしょ?と、母さんは楽しそうに話していた。
 僕はそんな母さんの言葉に胸を躍らせつつ、そうであったらいいなと思った。



 そう、これが僕――コウヤと、後になってシセンと名づけられるピチュー(のたまご)との初めての出会いだった―――。









【君と共に歩む道 閑話その1 ‐藍色と黄色‐】






 何のポケモンのたまごなの?と父さんに質問してみたのだが、「ん〜、実は父さんも知らないんだよなぁこれが!」と言われてしまい、結局生まれてくる赤ちゃんの正体がわからず終いになってしまった。

 父さんからそのポケモンのたまごを貰ってから、僕は趣味のポケモン観察に出ることなく、更には家の中で見れるはずのテレビ番組(僕は特にポケモンの生態に関する番組が好きだった)さえも見ることなく、一日中揺れ動く白いたまごを眺めていた。

 ポケモンがたまごから孵るというなかなかお目に掛かれない過程を見ることができるのに喜びを感じ、また間近に見れるから興味がそちらに集中したという理由もなかったわけではない。しかし、その気持ちよりも更に上回る気持ちが確かに存在していた。
 僕に贈られたポケモン……つまり、僕の初めてのポケモンの友達。
 その友達が目の前にいる。今、この世界に生まれようと頑張っている……。その姿を傍で…誰よりも近くで見ていたいと思った。

 ただひたすらに、まだ見ぬ姿の友達を待ち焦がれたのだ―――。

 そんな僕の姿を見て、父さんと母さんは苦笑を零しながらも温かい眼で見守ってくれていたのだった。


 いつ生まれるのだろう…。どんなポケモンなのだろう…。
 そんな疑問と期待に胸を膨らませながら数日間を過ごした。





 待ちに待ったポケモンがたまごから孵った日は、母さんの――そして僕自身の希望通りである僕の誕生日と同じ日であった。

 生まれたのはまだ日も昇らない、けれども空が薄ぼんやりと明るくなり始めている夜明けの時間帯。
 その前の日の夜からたまごの動きがいよいよ激しくなったので、一晩中眠ることなく僕はたまごを見守っていた。ベッドへとたまごが入っているカゴごと持込み、ひたすらじっと見つめていたのである。

 そして夜明け間近となったその時間、その瞬間はやってきた!

 激しくぐらぐらと動いていたたまごがピタリと動きを止めたかと思うと、次の瞬間パアァァァッ!と眼も眩むような眩い光がたまごから迸った。
 思わず目を瞑り、開けたその視界に飛び込んできたのはここ数日見慣れた白いたまご…ではなくて、小さな黄色い塊だった。

 その黄色い塊はもぞもぞと身動きをとった後、ゆっくりとその顔を上げた。


「あ…………」


 黄色の毛並みの中に所々混じる黒色の毛並み。三角の耳にピンクの頬をもったそのポケモンは―――ピチューであった。


「―――っ!?」


 ふいに視界を白色が灼いた。

 一体何だと外へ視線を向けると、丁度山と山との間から太陽の一欠片が覗いているのが見えた。視界を灼いた白の正体は朝日だった。


「ピチュー…」

「!」


 少し控えめな…小さな鳴き声が耳に届き、僕は慌てて目線を下へと下ろす。
 すると、限りなく黒に近い、濃い紅茶色の瞳と丁度視線がかち合った。

 しばらくの間、そのままの状態で見詰め合っていた。
 そんな中、ふとある文字の羅列が頭の中へと湧き上がってきた。


「………しせん…」

「ピチュ…?」

「シセン(紫閃)、それが今日から君の名前だ」


 紫電。

 確か雷の別称にそんなものがあった。
 いつの日であったか、偶然何かの本で読んだことがある。もしかしたら気まぐれで眺めていた百科事典にでも書いてあったのかもしれない……。

 でも、紫電(シデン)では名前としてはちょっと変な感じがする。
 だから少しだけその字を変えてみた。
 紫色の電気…空を奔る紫色の光――閃光。

 『“紫”色の“閃”光』


「よろしく、シセン」


 ―――これからよろしく、相棒。

 ありったけの思いを込めて、僕は片手を差し出した。
 出会いの挨拶、握手をするために…。

 手を差し出されたピチュー…シセンは、不思議そうに僕の顔と手を何度か往復して見た後、おそるおそると自分の片方の手を重ねてくれた。
 僕はその手をゆっくりと、そして優しく握り締めた。

 小さな手だ………。

 そしてつい先ほど生まれたばかりの、新たな命が持つ手でもあった。

 温かい。
 触れた手より伝わってくる温もりを感じ、僕はほとんど衝動的にシセンのその小さな体を引き寄せ、押し潰さない程度の力で抱きしめていた。
 いきなり僕に抱きしめられたシセンは、初めかなり驚いてパチパチと何度も目を瞬かせていたが、最後にはニッコリと明るく元気な笑顔を浮かべた。


「ピチュッ!」


 シセンのその元気な声が、「こちらもよろしく!」と言っているように僕には聞こえた―――。







 そして時間は流れ、シセンと出会ってから2年の月日が経った。


「忘れ物はない?」


 母さんが心配そうにこちらを見ながら聞いてくる。その眼差しに少しの寂しさが混じっていることに気づいたが、敢えて気づかないふりをする。

 最低、月に一度は必ず連絡を入れよう……。
 心の隅でひっそりと、自分だけの小さな約束を立てる。

「ないよ。母さんも心配性だなぁ……」


 頭をバリバリと掻きながら欠伸を一つ。
 柄にもなく気分が高ぶっていたらしく、昨日寝付く時間がかなり遅くなってしまった。そのくせいつもより早い時間で起きたものだから、明らかに睡眠時間が足りていない。

 ふと視線を感じて足元を見下ろすと、シセンが何やら物言いたげな視線をこちらへと寄越してくる。……ところで、シセン。そんなかわいい顔で半眼になっても、やっぱりかわいいだけだからね?睨まれても全然怖くないって…。(というか、今スケッチブックに描いていい?)


「ん?」


 涙目で僅かに滲む視界を無視して、僕はシセンにどうしたのかと尋ねてみる。
 しかしシセンはしばらくの間僕を見つめた後、やれやれと「呆れました」の意味を込めたジェスチャーを取りながら溜息を吐いた。

 シセンのこういうところを見て、僕はすごいなぁと感心する。
 シセンってば、人間の言葉は喋れないけど表情の変化…感情表現ならそこら辺にいる人よりも遥かに上手だ。その表情一つ一つでどんなことを思っているのか、とってもわかりやすいのだ。

 もちろん、それはシセン自身がわざとわかりやすいように大げさ過ぎるほどの表現でやってくれているから僕も簡単にわかるのであって、そうでなければもう少し読み取り辛いだろう。
 僕だって伊達に趣味で何年もポケモン観察をしてきたわけではないのだから、それなりにポケモンの心情の動きだって察することができる。だけど、シセンほどその『聞こえざる声』というものが聞き取りやすいポケモンはお目にかかったことがない。

 その理由は……きっとものすごく頭が良いからだろうね。
 だって地図が読めるんだよ?細かいところ(人間の字とかね?)まではわからないみたいだけど、地図の見方くらいは理解してるみたいだし(方位とか地形とか…)。僕がケガすると手当てしてくれるんだよ?そりゃあ、ポケモンセンターに行けばそういう(訓練を受けた)ポケモンもいるけど、一般家庭で普通に過ごしているポケモンが皆そんなことができるとは僕は思えないし……。

 とにかく!シセンはとっても頼りになるんだ!!ずっと一緒だった僕が言うんだから間違いない。…うん、一番頼らせてもらってるからね……。


「もうこんな時間ね…気をつけて行ってらっしゃい」

「……うん。行ってくるね」


 太陽の高さを確認した母さんがそう言ってくるので、僕も静かに頷いて返事を返した。

 ふと、母さんの手が僕に向かって伸ばされる。……あ。さっき髪を掻いたから、ぐしゃぐしゃになってるんだ。うぅっ、最後まで手間を掛けさせてすみません…orz


「い、行くぞ!シセン!!」


 ものすごく居た堪れない気持ちになったので、急いでその場から離脱した。
 遠く離れた後ろから、「シーちゃん!コウヤのこと、お願いね!!」という母さんの声が聞こえてきた。それに対し、「ピチュ!」と元気良く返事を返すシセンの声も…。
 ……え?僕ってそんなに頼りない??

 思わず浮かんだ自分の疑問に悩んでいると、




「ピチュ―――ッ!!」




 とシセンが大きな声を上げながら、ものすごいスピードでこちらに近づいてくるのがわかった。
 どうしたの?いくら何でも置いてったりしないよ??そんなに焦らなくっても……

 そうこうしているうちに、あっという間に僕に追いついたシセンは僕のズボンの裾を引っ張ると今来た方向――つまり僕の進行方向とは真逆の方向に連れて行こうとする。

 ――って、あ〜………。





 ごめん、シセン。ナナカマド研究所は反対の方角なんだね………?





 やっぱり頼りないかも…と、自分で認めてしまいました。

 ちょっと切ないです………。






 そうして旅立った僕は、シセンに道案内をしてもらいながらナナカマド研究所に向かうことになった………。







                        

※あとがき
 はい、今回は番外編!ということで、コウヤ視点でのお話でした。

 コウヤとシセンの出会い話と、プロローグでのコウヤ視点を書いてみました。
 互いに気づいていること、気づいてないこと…その差を上手く書けたかどうかはわかりませんが、自分なりに頑張ってみました。