「――君の名前は今日からホムラね。それじゃあ、よろしくホムラ」


 眠たげな眼、ゆるく弧を描く唇。
 とても優しげな表情をしたご主人様は、そう言って僕へと手を差し出してきました。

 僕はそれに驚き、そして――――



 その手へと僕の手を重ねました。









【君と共に歩む道 閑話その2 ‐朱色と藍色と黄色‐】






 ご主人様と先輩と初めて顔を合わせたのは、研究所の一室でした。

 前の日から今日は新人トレーナーの方が来るのだと聞かされていましたので、他の仲間と同様に僕も気持ちが高揚するのを止めることはできませんでした。
 全員が全員、この研究所でも…研究所の裏庭でもない、まだ見ぬ“外の世界”というものに期待や憧れ、そして僅かな不安・恐怖を持っていたのですから……。


『今日は新人のトレーナーが来るね〜。選んでもらえるかなぁ〜?』

『何言ってるの、選ばれるのは私!私なの〜!!』

『その気持ちは皆一緒ですよ。僕も、是非とも連れて行ってほしいと思っていますから…』

『むぅ〜…それくらい、わかってるもん!』


 そんな会話を、朝から皆でしていました。

 水色の彼女……確かポッチャマ、さん…でしたか。
 彼女は「ぜぇ〜ったい!選んでもらうんだからっ!!!」と、意気込み万端な様子でずっと話しています。いいですねぇ、僕もあれくらいの心意気と闘志がほしいものです。

 いつもより増して賑やかな朝、僕達が待ちに待った新人トレーナーの方は丁度朝食の時間にやって来ました。


「博士〜、コウヤくん来ましたよ」


 そう言って助手の方が開いたドアの向こうからこちらへと足を踏み入れてきました。
 そしてその後に続いて一人の男の子が部屋の中へと入ってきました。
 僕達はごはんを食べながらも、男の子へと視線を集中させました。

 ―――焦げ茶色の髪に、藍色の瞳をしたどこか眠たげな風貌をした男の子でした。

 男の子の足元にはピチュー(確か、テレビの中でそう名前が紹介されていました)も一緒にいます。


『何か、見るからにとろそうね……』

『……そうかなぁ?とっても優しそうに見えるけど〜』

『バカね!とろいと優しいは同じ意味合いじゃないでしょ!んもぅ、これから私達の中の誰かのトレーナーになるのよ?旅をする上で鈍くさいなんてマイナスになってもプラスにはならいと思わない?!』

『そう?僕は僕と仲良しになってくれるかどうかの方が、大事だと思うんだけど〜』

『そうですね。…まぁ、見るからに厳しいとか冷たいという印象は受けませんし、きっと仲良くできますよ』


 僕達は僕達のうちの誰かのトレーナーになるであろう男の子の観察をします。
 僕の第一印象としては、「優しそう」もしくは「のんびりしている人」といったあたりでしょうか?

 僕は再び男の子へと意識を向けます。
 男の子は博士と一言、二言話すとカバンの中を漁り出しました。……何か探しているようです。しばらく経っても探し物が見つかる様子がないことに見かねたのか、男の子と一緒にやって来たピチューが溜息を吐きながらも探し物の手伝いをしていました。
 そしてようやく探し物が見つかったのでしょう、男の子がカバンから取り出した小さな長方形の紙を博士に見せました。
 博士はその紙を見て一つ頷くと、紺色の四角い…小さな機械とモンスターボールを男の子に手渡しました。

 それからまた彼らは話し始めました。
 一体どんな話をしているのか耳を傾けてみると、どうやら男の子が一緒に連れてきたピチューの話をしているようです。

 そして話が続いていき―――――


「―――…さて、それで君はどの子を連れて行くかね?」


 とうとうこの瞬間がきました!


 僕達は一斉に背筋をぴんと伸ばして、男の子が次に紡ぐであろう言葉に集中します。
 さて、僕達の中で一体誰が選ばれるのでしょうか。それが僕であることを願います…。

 そして、男の子の口から飛び出した言葉は……


「どの子をって……え?僕にはシセンがいるんですけど、頂いていいんですか?」


 という、予想外の言葉でした。

 …って、えぇえぇぇぇぇっ!?誰かを選ぶ以前に、誰かを連れて行くっていう選択肢すらなかったんですかっ?!!

 思わず固まってしまった僕達でしたが、博士や助手の人が構わないって言ってくれたおかげで男の子は僕達の中から誰かを連れて行ってくれるようです。よかった……。
 選ばれる選ばれない以前に、誰も連れて行ってもらえないのは悲しすぎます。

 そして、男の子が改めてこちらへと視線を向けてくるのがわかりました。
 僕達はそれぞれ元気いっぱいの声を上げて自分が連れて行ってもらえるようにアピールします。
 男の子は僕達のことを順々に見ていくと一つ頷きました。どうやら誰を連れて行くのか決めたみたいです。


「それじゃあ、僕は…ヒコザルを連れて行きます」



 そして僕の名前が呼ばれました―――――。







 モンスターボールへと入れられ、ご主人様と旅立った僕はそう時間を置かずにボールから呼び出されました。

 遮るものが何もない、広い原っぱと青い空が僕の視界いっぱいに映り込みます。
 しかしその光景をいつまでもゆっくりと眺めているわけにはいきません!何せご主人様が呼び出したからこそ、僕はボールの外に出ているのですから!!


 ボールから僕を呼び出したご主人様は、僕に名前を付けてくれました。

 『ホムラ』

 それが僕につけられた…僕だけの名前だそうです。
 正直に言いましょう。とても嬉しかったです。ヒコザルというのは種族名ですから、個々としての名前を貰えて『僕』という存在を見てもらえているのだと実感できました。

 後は先輩を紹介して頂きました。
 先輩の名前は『シセン』なのだそうです。名前を折角教えてもらったのですが、僕は先輩のことは先輩と呼ぶことに決めました。
 僕がそう呼ぶと、先輩はあまり嬉しそうな顔はしてくれませんでした。そして名前で呼んで構わないと言ってくれました。きっと僕に気を遣ってくれたんですね。
 でも、ここは敢えて先輩と呼ばさせて頂きました。
 先輩の纏っている空気が、いかにも『先輩』って感じがしたものですから……。え?言っている意味がわからない?まぁ、仕方ないのでしょうね。こればかりは個人の感覚でしょうから。

 僕と先輩がお話をしている間、ご主人様はスケッチブックを取り出して僕達のことを絵に描いていました。後になって描き上がった絵を見せて頂きました。

 ご主人様、絵を描くのがとてもお上手なんですね!









 大変です!ご主人様がいなくなってしまいましたっ!!!



 先輩に、「仲間になるにあたって、説明しなければいけないこと」というお話を聞かされました。

 ご主人様、方向音痴だったんですか……。

 ご主人様の方向音痴はかなりひどいのか、そのことを話す先輩の表情はどんどんと暗くなっていきます。そしてついには叫びだしました。
 何でも旅の目的地までご主人様を道案内するのは先輩の役目なのだそうで、その目的地の確認をし忘れたとか……。先輩、色々と大変なんですね。

 その時です。ご主人様が視界からいなくなっていることに気がついたのは――――。

 先輩にそのことを伝えると、先輩は慌ててつい先ほどまでご主人様がいた場所へと眼を向けます。そしてご主人様がいないことを確認するとその場で固まってしまいました。

 …………あれ?そういえば、先輩は先ほど何て言ってましたっけ??えぇと、確か……


『……コウヤは究極の方向音痴だ』


 そうそう、方向音痴です!そう、方向…音……痴……………。


 ………………。


『こ…コウヤアァアァァァァッ!!?』

『ご、ご主人様?!どこ行っちゃったんですかぁっ!!?』


 僕と先輩は同時に叫び声を上げました。
 でも、さすが先輩です。すぐに冷静さを取り戻し、踏み倒されてできた草の道を見つけ出すとご主人様の後を追いかけ始めました。僕も置いていかれないように、先輩の後を必死に追いかけました。

 そしてご主人様はそう時間を置かずに、すぐに見つけ出すことができました。
 ご主人様は僕達が見つけるとほぼ同時に、地面に躓いて転んでしまいました……。
 どうやら転んだ時に鼻の頭を擦ってしまったようです。
 先輩はそんなご主人様を見て、肩に入った力を抜きました。ご主人様のことをかなり心配していたようなので、安心したために肩の力を抜いたのでしょう。(もちろん、僕だって心配しましたよ?)

 僕達に心配掛けたことに気がついたのか、ご主人様が謝ってきます。
 でも、先輩は顔を背けてご主人様の言葉に耳を貸しません。…照れているのでしょうか?先輩、意外に照れ屋さんなんですね。

 先輩はそのままの姿勢でご主人様のカバンの中を漁り始めました。何をしているのでしょう?
 …あ、何やら小さな箱を取り出しました。更にその箱から薄っぺらなものを…んん?あれは、確か研究所にいた時に助手の人が顔や手に貼っていたものではないでしょうか?
 先輩はそれを手に取ると、ご主人様の顔へ向かって――――


「へぶっ!?」


 貼り付け…って、先輩、それは少し力が入りすぎなのではないですか?身長差的に少し無理をしないとご主人様の顔に手が届かないことはわかりますが……ご主人様痛がってますよ?あ、今度は精一杯背伸びをして貼っています。少し足元が辛そうですね…。(僕も手伝った方が良いのでしょうか?)
 手伝うか手伝うまいか僕が悩んでいるうちに、先輩は無事に貼り終えたようです。
 ……先輩、心持ち斜めになってます。まぁ、あのくらいでしたら問題ないでしょうけど。

 作業を終えた先輩が、僕の視線に気づいたのかこちらへと視線を向けてきます。
 丁度いいので、僕は先ほどからずっと気になっていたことを聞いてみることにしました。

 ずばり、先輩がご主人様にたった今貼り付けたあれは一体何なのか。ということです。

 僕の質問に、先輩は嫌な顔一つせずに丁寧に教えてくれました。
 曰く、ケガをした時に使う治療道具の一つだそうです。僕達よりも人間の人達の治療のために使われる頻度の方が高いとのこと。 
 今まで何度か見たことがあるというのに、その使われる目的などは全然知りませんでした……。先輩って物知りなんですね!
 僕がしきりに感心していると、


『まぁ…これでどういう時に使うのかも、どうやって貼るのかもわかっただろ?今度コウヤがケガをした時にでもお前が貼ってやれ』


 そう、僕に言ってくれました。


『えっ!僕がやってもいいんですか?!ホントに??』

『あぁ、別にいいぞ。俺は別にこの仕事が俺だけのものだなんて思ってないからな、やりたいやつがやればいいさ』


 先輩は軽く肩を竦めて、やや投げ遣りな感じで僕の質問に答えました。
 そんな投げ遣りな態度もきっと僕のことを気遣ってくれてのことだと思います。先輩の仕事のはずなのに、僕がその仕事を横取りするような形になりましたから……。先輩は優しいです。
 先輩の仕事を横取りするなんて、僕は大変なことをしてしまいました……。でもでも!やらせてもらえる以上は頑張りたいと思います。先輩、その時はご指導をお願いしますね?


 そうこうしているうちに、元来た道を戻ることになりました。
 先輩はご主人様の道案内をするようで、ご主人様の頭へと上っています。僕は疲れるといけないからという理由で、一旦ボールの中へと戻されました。

 ―――先輩、頑張ってください!!






 その後、再び呼び出された僕が見たのは、どこか疲れ果てた様子の先輩でした。

 先輩、お疲れ様です………。








                        

※あとがき
 今度はホムラ視点のお話。
 大体1話から3話にかけて、やや詰め込んだ感じのお話になってしまいました……。

 ホムラ、所々シセンに対して誤った認識ww(もちろん良い意味で!)
 そして、誰もその誤りを指摘できない…というか気づけない。

 ところで、初心者用のポケモンって研究所はどうやって手に入れているんだろう?
 野生でいるのは珍しいってアニメで言っていたような気が……それだとたまごから孵して育てているんだろうか?(の割りに野生のやつを捕まえているアニメの主人公って……)
 とにかく、このお話の中では研究所で一から育てているということでお願いします。そういった設定により、初心者用ポケモンの皆さんは研究所の敷地外の世界を知らない…という話の中で出てきたホムラの独白の説明になるでしょうか?う〜ん……。